音楽会社を〝中抜き〟するTikTokの野望
公開書簡によると、TikTokとの契約料がUMGにもたらす売上は総収入の1%程度だという。契約料の詳細については明かされていないが、中国経済メディア・21世紀経済報道はUMGの2022年度売上が103.4億ユーロであることから約1億ユーロと試算している。UMGがSportifyやYoutubeなどとのプラットフォームから得ている売上は全体で約39億ユーロに達していることを考えると、世界的なサービスであるTikTokの契約料はあまりにも少ないと判断したわけだ。
これまでになかった新たなサービスが権利者にいくら支払うのが妥当なのか。落とし所を見つけるまでに対立があるのはつきものだ。
UMGとTikTokとの対立で象徴的な存在となっているテイラー・スウィフトは14年、「アート制作の価値を守るべき」と主張してSportifyから楽曲を削除した(17年に配信再開)。その後、Shopifyをはじめ、各配信サービスからの支払いは拡大し、今や音楽会社やアーティストにとって主要な収入源となっている。こうした歴史を踏まえると、今回の一件も落とし所を見つけるまでの過渡期のようにも思えるが、金銭の配分以外でもTikTokには2つの点で新たな〝争点〟がある。
第一にTikTokがクリエイターがレコード会社を介さず、直接プラットフォームと契約するモデルを狙っている点だ。運営会社のバイトダンスは22年3月、音楽配信プラットフォームのSoundOnをリリースした。個々のクリエイターは自分の楽曲をこのプラットフォームに登録すると、TikTokなどバイトダンスのアプリに加え、Apple MusicやSpotifyなどの外部の配信サイトからのロイヤリティーを得られる。いわば音楽会社を中抜きした格好だ。
音楽会社のようなサポートは期待できないが、その分、クリエイターが受け取るロイヤリティーの配分は高い。バイトダンス系のアプリからは100%、外部からのロイヤリティーについては登録初年度100%、2年目から90%と、ほとんど手数料を差し引かれることはない。
TikTok、その中国版のドウインでは強力なレコメンド能力によって無名の配信者や楽曲が一夜に大ヒットすることもしばしば。手厚く支援される音楽会社の看板アーティストならばともかく、契約してもたいしたサポートを得られない新人にとっては魅力的な条件だろう。
障壁を引き下げ、誰でも利用可能にするアプローチは、俗に〝民主化〟と呼ばれる。誰でもIT技術が使えるようにすることを「ITの民主化」、AIが使えるようにすることを「AIの民主化」と呼ぶが、バイトダンスのアプローチはさしずめ「クリエイターの民主化」とでも言うべきか。
この「クリエイターの民主化」は中国で先行している。中国版のドウインではクリエイターと広告を出す企業とを直結するマッチングプラットフォームを展開してきた。クリエイターに依頼して動画を作ってもらう、俗にいう広告案件の場合、必ずバイトダンスを経由して取引を行う仕組みだ。
バイトダンスが広告代理店の代わりを務めることで、企業と個人のクリエイターが問題なく広告契約を交わせる。TikTokではそのモデルを世界展開することはまだできていないが、音楽については布石を打ってきたわけだ。中抜きされる側の音楽事務所にとっては妥協できない争点だ。
AIが破壊する音楽ビジネス
いかにTikTokのトレンド製造能力が強大でも、有力アーティストを抑えている大手音楽会社が警戒するほどの力はあるのだろうか。そこで浮かび上がってくるのがもう一つの争点であるAIだ。
今、すさまじい勢いで発展している生成AIの領域はテキストや画像だけではない。近い将来、簡単な操作で優れた音楽を制作することが可能になることは間違いない。
TikTokにも今年1月、AI Songという新機能が一部ユーザー向けに試験公開されている。自作の歌詞を入力すると、AIがメロディを制作し楽曲として完成する。このAI音楽の扱いは大きな争点になっている。