筆者は50年前に四国山地の中心部、高知県本川村(現いの町北部)の国有林で見た光景が忘れられない。吉野川の本流・支流によって深く刻まれた山ひだの多くが皆伐地で、残された枯れ葉や枝条が散乱して赤茶色に染まっていた。
台風銀座と呼ばれる高知県でこのような危険極まりない皆伐が大規模に行われていた。さすがに林野庁も「新たな森林施業」という基準をつくって、1カ所の伐採面積は20ha(保安林では5ha)以下にするようになった。
下流の都市にも被害の可能性
写真2の皆伐地は見えるところだけで2haぐらいだろうか。それでもかなりの広さである。
筆者が危惧するのは、このような皆伐地が花粉発生源対策によって全国各地で急速に増えることである。ただでさえも最近頻発している線状降水帯がこうした皆伐地を直撃すれば、山地の崩壊はもとより、発生した土石流が下流に被害を及ぼす。しかも大都市周辺には花粉発生源対策のスギ人工林伐採重点区域が設けられており、大都市近傍の危険度を高くしている。
林野庁によれば、花粉の発生源となる20年生を超えるスギ人工林の面積は約 431万haで、10年間でこの2割を減少させることにしているから、単純計算で86万haを伐採することなる。年間伐採面積は単純平均で8.6万haとなるが、2020年度伐採面積の実績は8.7万haなので、ほぼこれに匹敵する面積が花粉症発生源対策で追加されることになり、皆伐地がこれだけ急激に増えるということに恐ろしさを感じる。現在の政策立案者は、筆者のように過去の皆伐地の実態を経験していないから、平気でこのような計画が立てられるのだろう。
筆者は労働力不足からこの数値の達成は極めて困難と考えているが、それを機械の力で補うなど無理をすれば、幅の広い作業道を林地に作設して、さらに崩壊の危険を増幅する。林地にとって道路は最悪の構造物である。
地表を覆う絨毯上の根系を分断して表層の緊縛力を弱めるだけでなく、斜面上部から流下する雨水が路面にせき止められて、道路勾配の低い方へ流れ出す。下へ行くにつれて流れる水量が増えて路面が川のようになり、路肩の弱い部分から一気にあふれ出し、道路の破壊と林地の崩壊を引き起こす。
皆伐・再造林地の下部に治山の土砂止めダムが設けられている個所もある(写真4)。200メートル(m)ぐらい下流には集落があるから、自治体の担当者は土砂流出を危惧したのだろう。妥当な措置ではある。
大皆伐が行われた時代も同じで、皆伐地において予防的に治山工事をしていたことを思い出す。治山工事は国と県で丸抱えなので、森林所有者等の負担はない。本当は皆伐によって得られた収益から再造林費から治山費まで出すのが筋と思うが、それでは林業の収益性はさらに悪化する。
林業っていったい何なのかと、昔から疑問に思っていた。もっとも造林の担当者は皆伐地の下流には優先的に治山ダムの設置を希望しているが、治山は担当が違うので思うようにならないとのことだった。