2024年12月7日(土)

Wedge REPORT

2023年9月7日

 林野行政が花粉症対策で翻弄されている。去る4月3日、岸田文雄首相が「花粉症はもはやわが国の社会問題。花粉症対策に結果を出したい」と意欲を示した。ところが翌日、野村哲郎農林水産相があろうことか「われわれは全く知らぬ存ぜぬでびっくり」と発言したことで、花粉の発生源対策を担当する林野庁に根回しがなかったことが明らかになった。

写真 1 スギの雄花(eye-blink/gettyimages)

 森林・林業行政は完全になめられた。首相の支持率低迷を挽回したいという思惑がみてとれるが、一国の首相が方針を示した以上はそれに向けて進まざるを得ず、2024年度の概算要求で林野庁は「新たな花粉症対策の展開」を盛り込んでいる。森林・林業に対する無理解が日本の森林・林業を破壊し、国土と国民の生命を危機に陥れる懸念が高まっている。

森林・林業への理解不足

 もっとも国民の4割にのぼると言われる花粉症患者の思いは、たぶん首相に近いと思われる。日本の国土の3分の2を占める森林の重要性など知らない国民がほとんどだから、スギやヒノキがどうなろうが知ったことではない。われわれ林業人が森林・林業のPRを怠ってきたためでもある。

 しかし、一国の首相がそれでは困るのだ。発生源対策のための大規模な森林の皆伐は国土の保全を損ない、最近急増した線状降水帯による大雨などによって山地崩壊や土石流が発生し、下流に洪水をもたらす。花粉症対策と国土保全+国民の生命を思いつきで天秤にかけられたのでは困るのだ。

 また、スギやヒノキは資源小国の日本にとって貴重な資源である。戦後復興と高度経済成長下で営々と行ってきた造林政策が実ってようやく充実してきたのである。

 日本の山岳はおおむね緑にあふれている。現在、国産材は国際競争力を失って価格こそ低迷しているが、戦略物資としての価値は失ったわけではない。

 ふだんから国民の生命が最優先、国防が重要と言っている割には、首相の森林に対する認識不足は明らかであり、花粉症対策での独走を許した政府は、組織としての杜撰さを露呈している。

 役人の世界では首相の発言は重たい。綸言汗の如しなのだ。林野庁は、理屈抜きでこれを政策化しなければならない。

 政府広報オンラインに掲載された政府の花粉症対策は、発症等対策、発生源対策、飛散対策の3本立てで、このうち発生源対策では、「令和15年度(2033年度)までに、花粉の発生源となるスギ人工林を約2割減少させることを目標として、スギ人工林の伐採・植替え等の加速化を推進します」となっている。それで花粉の量が2割減る根拠も薄弱であり、花粉症患者にどれだけの効果があるか、科学的根拠があるのだろうか。

 ある林野庁OBは次のように語った。

 「花粉症対策のスギ増伐政策は、間違いなく材価の暴落、再造林の放棄、国土荒廃と連鎖する」

 今や林野庁の現役の心ある役人、研究者、彼らを取り巻くOBに至るまで重苦しい雰囲気に包まれている。彼らの声なき声を代弁してみよう。

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