高齢国家では財政政策が効きにくい
なぜ、日本で財政乗数が低下、つまり、財政政策の景気浮揚効果が弱くなったのでしょうか? 理由のひとつに高齢化が挙げられます。
筆者が国際通貨基金(IMF)に在籍していた時に行った研究によると、高齢化が進んだ国では、経済政策の景気浮揚効果が弱くなる傾向があることが明らかにされました。以下、その研究結果を簡単に紹介しましょう。
筆者は、経済協力開発機構(OECD)諸国のデータを用いて、高齢化が財政政策の景気浮揚効果にどのように影響するかを分析しました。具体的には、1985年から2017年についてOECD諸国の17カ国を、高齢化の度合いに基づいて、高齢化が進んでいる経済と進んでいない経済にわけました。そして、それぞれのグループにおける財政乗数を推定しました。
研究結果は図が示すように、財政刺激策が経済成長率に及ぼす効果を見ると、年齢構成がより若い国では大きなプラスの効果が生まれている一方で、高齢化が進んでいる国では財政刺激策の効果が相当に低いことがわかります。
高齢化が進んだ国の経済で財政政策の有効性が著しく低下する理由は、高齢化により乗数効果が働きにくくなるためです。
政府が公共投資などで支出を増やすと、雇用機会が増えて人々の所得も上がります。それにより、消費が拡大し、総需要が増加します。需要増を満たすため、企業は生産を拡大し、それが人々の所得をさらに増加させ、財政政策の乗数効果が生まれます。
しかし、この効果は退職した高齢者には直接的に影響しません。なぜなら、退職者の多くは職探しをしておらず、財政出動は雇用拡大にはつながらないうえに、彼らは賃金所得を得ていないため、所得増加による消費の増加も見込めないからです。
また、若者と高齢者ではその消費のパターンが異なり、財政政策に対して消費を増やす傾向にあるのは若者であることが知られています。経済全体で高齢者の割合が高まれば、財政政策に対する個人消費の反応も鈍化します。
このように、高齢化が進んだ経済では財政政策の景気浮揚効果は弱くなるのです。