2024年6月16日(日)

プーチンのロシア

2024年4月19日

ウクライナをルーツに持つロシアの戦車工場

 かつて社会主義の超大国ソ連で、3大戦車工場と呼ばれたのが、ロシア・ウラル地方のスヴェルドロフスク州ニジニタギル市に所在するウラル鉄道車両工場(以下では単に「ウラル工場」と略記)、ロシア・シベリアに位置するオムスクトランスマッシュ工場、そしてウクライナのハルキウにあるマルィシェフ記念工場だった。このうち、今日でも戦車の新規生産を続けているのは、ウラル工場だけである。

 ウラル工場は、鉄道車両工場と銘打っているだけあって、1930年代に元々は純然たる鉄道貨車の生産企業として発足した。しかし、第二次世界大戦中の1941年にナチス・ドイツがソ連への侵攻を開始すると、ソ連政府はヨーロッパ地域から多くの企業を内陸奥深くに疎開させ、その一環としてウクライナのハルキウにあった前出のマルィシェフ記念工場が当地に疎開してきて、それによりウラル工場での戦車生産が始まったのだった。

 ハルキウから機械設備が運び込まれただけでなく、技術者・労働者も家族とともに移住し、戦後も多くがこの地に留まったという。そうした来歴を持つ工場が、現在はロシア唯一の戦車工場として、ウクライナ侵略に加担しているのだから、歴史の皮肉としか言いようがない。

 ウラル工場は、以前からプーチン政権との繋がりが深い企業だった。同工場で技師としてたたき上げたホルマンスキフ氏が、2012年大統領選で下からのプーチン支持運動を組織すると、プーチン大統領は再選後の12年5月に、同氏をウラル連邦管区大統領全権代表として大抜擢した。

 そして、22年2月にロシアがウクライナ侵攻を開始すると、政権幹部がしばしばウラル工場に出向き、戦車の大増産を求めて檄を飛ばした。今年2月には、大統領選に向けた行脚の一環として、プーチン大統領も直々にウラル工場を視察している。

 ちなみに、16年の時点では、ウラル工場の生産に占める民需・軍需の割合は、2対8であるとされていた。同社としては、民需生産を拡大し、30年までに民需・軍需を半々にしたいという意向であった。しかし、ウクライナ侵攻で戦車増産の大号令が国からかかり、現状ではますます圧倒的に軍需に傾斜していることだろう。

新車か旧車か、それが問題だ

 22年2月24日にプーチン体制のロシアがウクライナへの全面軍事侵攻を開始して以降、ロシアの軍需産業の稼働状況につき、さまざまな憶測が語られてきた。当初は、国際的な制裁で、半導体をはじめとする重要部品を入手できず、開店休業状態に陥っているといった見方が優勢だった。

 しかし、ここ半年ほどは、ロシアの政権幹部が軍需の増産に関し手応えを口にする場面が増えてきた。たとえば、昨年12月にロシア国防省で恒例の拡大幹部評議会が開催された際に、ショイグ国防相が軍需産業の成果を列挙している。

 国防相によれば、22年2月の開戦後に各品目の生産は、戦車:5.6倍、歩兵戦闘車:3.6倍、装甲兵員輸送車:3.5倍、ドローン:16.8倍、弾薬:17.5倍に拡大したという。また、23年に軍に納入された兵器の数は、航空機・ヘリコプター:237機、ミサイルシステム:86基、近代的な多目的潜水艦:4隻、軍用艦:8隻、戦車:1530両、歩兵戦闘車・装甲兵員輸送車:2518両に上ったとのことであった。ただし、ここで注意すべきは、ショイグ国防相が戦車に関しては、「新規の、そして更新された戦車が1530両」という微妙な言い回しをしていることである。

 情報筋によると、ウラル工場は22年2月の侵攻開始直後に、国防省から400両の戦車の発注を受け、可及的速やかに納入するよう求められたとされる。しかし、同社の新規生産能力はせいぜい年間200~250両止まりである。こうした事情から、ロシアは大量にストックされている旧式戦車を修復・更新して、戦場に送り出すという作業を強化することになった。


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