先日、われわれの業界がざわつく出来事があった。ロシア経済研究を生業とする、日本に推定30~40人くらいしかいない狭い業界が、しばらくその話題でもちきりとなった。存在しないと思われていた2022年のロシア貿易統計集が発見されたのである。
というのも、ロシア当局は、22年2月のウクライナ侵攻開始直後から、貿易データを一切発表しなくなった。今年に入り、3月に一瞬だけ、ごく大まかな商品分類のデータのみ発表したことがあったが、それもすぐに中止になり、ロシアの貿易動向は再び厚いベールに覆われてしまったのである。
今年6月に、ロシア税関のR.ダヴィドフ長官代行は、「われわれが近い将来に、詳しい貿易統計を発表する予定はない。わが国の敵たちがロシア経済を窒息させようとしている時に、なぜその手助けをする必要があるのか?」と開き直った。要するに、国際的な制裁包囲網による打撃や、それを回避するための抜け穴がバレないように、貿易統計を隠しているわけである。
近年は、ロシアの貿易統計も電子化が進み、われわれは税関のホームページでそれをダウンロードして使うのが通例となっていた。ウクライナ侵攻開始後は、上述の今年3月の小出しを例外として、ホームページには貿易統計は一切見当たらなかった。税関のトップも明言しているし、マスコミなどでも「貿易統計は公表されていない」と報じられていたので、われわれもすっかり「ないもの」と信じ込んでいたのである。
ところが、灯台下暗しと言おうか、筆者の所属する北海道大学スラブ・ユーラシア研究センターの図書館に、ロシア税関が発行した22年のロシア貿易統計集が普通に入荷し、開架されていることが、今般判明したのである。ロシア税関が、ウェブサイトでの貿易データ開示を停止し、「敵に情報は渡さない!」などと息巻きながら、紙の統計集は従来とまったく同じ内容で、しれっと発行し続けていたのである。これは盲点だった。
ただ、最近筆者の知り合いが、ロシア税関に直接問い合わせたところ、やはり「貿易データは国家機密。統計集は販売していない」という答えが返ってきたそうである。われわれのセンターのように、代理店経由で購読しているところは入手できるが、直接入手しようとすると拒絶されるらしい。どうもロシアという国は、このあたりの情報セキュリティが徹底されていないと感じる。
いずれにしても、「ない」と思っていたロシアの貿易統計集が「ある」と判明し、われわれの仲間内では、大いに色めき立ったわけである。今回は、せっかくなのでこれを使って、簡単な分析作業を試みてみたい。具体的には、ロシアが中国への依存度を高めている現実を、貿易データから改めて検証してみる。