現役時代の根鈴氏も決してこの打ち方ができていたわけではないという。大谷選手がメジャーへ移籍した近年、日本でもメジャーの選手たちの練習がインターネット上などの動画で見られるようになってきた。
根鈴氏はその中で、ジャッジ選手が、ボールに対して、立てたバットを時計の7時角度に傾けて当てることをイメージしているシーンを目の当たりにして衝撃を受けたという。従来の打撃フォームはバットを上から振り下ろしてボールの中心のやや下に当てることでバックスピンがかかって飛ぶ打球を放つことが良いとされてきた。ジャッジ選手のように縦にバットを入れて、7時の角度でボールに当てる打ち方は「アッパースイング」と呼ばれ、悪い打ち方の典型のように指摘されてきた。
しかし、根鈴さんは現役時代からボールに対して100%のパワーを伝えるにはボールのやや下ではなくて、中心にレベルスイングで当てないといけないはず。バックスピンを加えるという発想には違和感があったという。ボールに対してレベルスイングで当たっても、打球は正面にしかはじき返せず、ホームランボールにはならない。一方、ジャッジ選手の打ち方だとバットのフェースに対して100%でボールに力を伝えられ、角度も長打を狙える。根鈴氏は「これだ」と、我が意を得た感覚になったという。
効果はホームランだけではない
根鈴さんはゴルフのスイングを例にこう話す。「ゴルフのドライバーやアイアンで打つとき、ボールに対して縦に振り下ろして打ちますよね。ボールを飛ばした後のフォロースイングの軌道はアッパーになりますが、あれをみてゴルフのスイングはアッパーだとは誰も言いません。それなのに、野球の場合はボールに当てるまでの軌道ではなく、その後のフォロースイングだけを切り取って『アッパーだからダメ』という指導が当たり前のようになっていたのです」
さらに根鈴さんは「杉本選手が本塁打王を取ったから、この打ち方はホームランを打つためのフォームと言われていますが、実はアベレージ(打率)にこそ、良い影響が出ます」と力説する。
どういうことか。
「100%ヒットになる打球は柵越えですよね。つまりホームランです。では、次にヒットになる確率が高い打球はどういう打球ですか。それは、内野手の頭を確実に越えて、外野手の前で落ちるライナーの打球だと思います。ゴロの打球は内野手の間を抜ければヒットですが、抜けなければ内野ゴロです。ライナーなら内野の頭を確実に越える。つまり、ゴロにならない打球を飛ばせることがヒットへの近道だと考えます」
ゴロになりにくい打球はイコール、上向きの打球でかつ凡フライではないライナー性の打球ということになる。そのボールをいかに打てるか。突き詰めていった結果、やはりボールに対してゴルフの軌道のようなスイングで7時のところでボールをぶつけるというフォームにたどりつく。
実際、根鈴さんが考案したバットを練習で使用しているプロ野球選手は全員がホームラン打者ではない。実は昔からホームラン打者のバットの軌道は、この形に近いことも動画を解析すると分かってきた。「上から叩く」というのはあくまで意識にすぎないのではないか、と根鈴さんは言う。
「そんなスイングでは試合に出さない」
3月15日夕、親子が「根鈴道場」を訪ねてきた。森田章仁さん(42歳)と中学2年の長男、幹大さんだ。
2人は愛知県豊橋市から新幹線を使って週1回、練習に訪れる。約1時間の練習で、座位のティー、立った状態のティー、正面からのトス打撃、最後はマシンを相手に根鈴さん仕込みのスイングを繰り返す。
マシン相手の練習でも、本塁打性の当たりが次々と施設を覆うネットを直撃する。打ち損じてもボールはゴロではないので、ファールゾーンに鋭く切れる。根鈴さんは「打ち損じがゴロだとアウトになりますが、この打ち方ならタイミングが遅れても打球はライナー性のファールで逃れることができます」と利点を挙げる。