ひからびた情報に血肉が宿る
それだけなら「人体雑学事典」だが、「人体探求の歴史」と銘打っているだけあって、まずは言葉の意味と、それにまつわる故事来歴から入る。時代により概念が異なることや、発明発見、診断治療の逸話もまじえつつ、生物の進化も語る。
「アミノ酸」や「ベロ毒素」といった「一見、意味不明な言葉の意味」をさぐることで、そのものの性質や発見・研究開発の歴史なども明らかにしていく。ひからびた情報に血肉が宿り、いきいきと動き出すかのようだ。
文理の壁も時間の壁もひらりと飛び越え、ひたすら語る、語る。几帳面な読者は、いったいどこへ連れて行かれるのか、と不安になるかもしれないが、観念して身を任せてしまえば、空飛ぶじゅうたんに乗って知識の海を旅しているように思えてくる。
<私が、この小著を書き終わって、驚いたことの一つは、ある発見で有名な人を調べると、その発見とは別に、背後に膨大な多岐にわたる研究があり、私が知らなかっただけで、まったく別な分野でも、その人は名を成していたことが多くの事例を通じてわかったことである。また、偉大な科学者といえども、当然、人間的な一面をもっており、葛藤していたことを暗示する伝聞や記録があることである。>
著者はそう述べ、「どうしても専門分野に深く入って行かざるを得ない」現代の科学者とは、「好奇心の幅や持ち方」が異なっているのかもしれない、とみる。
ならばなおさら、現代の科学者の卵には、本書を手にとって好奇心を育てていただきたい。
現代の医学医療の最新情報も
また、児童生徒や学生のみならず、文系の一般成人にも大いに役立つと思われるのは、過去の歴史のみならず、現代の医学医療の最新情報が偏りのない目で、正確にもりこまれている点である。
一例を挙げると、腎臓の章の最後に、「病腎移植は是か非か」という項がある。日本では、善意の腎臓移植の待機時間が平均16年と長く、人工透析を受ける患者が増え続けている。