2024年7月25日(木)

家庭医の日常

2024年5月26日

推計から予防へ

 今回の報道を見ていると、推計結果のように認知症と認知症予備軍ともされるMCIが今後増えていけば、一人暮らしなどで家族の支援が限られる中で、地域でどう支えるのか、不足する「介護力」への対策を進めなければならない、というメッセージがメインだった。でも、それだけで良いだろうか。

 「1オンスの予防は1ポンドの治療に値する」と言ったのは、ベンジャミン・フランクリン(1706-1790)である。避雷針の発明やアメリカ建国の父として有名な彼が、一体どのような文脈でこれを言ったのかはわからないが、質量の単位1ポンドは16オンスに相当するので、これは「予防は治療にまさる」という意味である。

 「予防にかける費用は、予防せず治療が必要になって失う費用に比べればはるかに安い」とも言える。これは認知症についても当てはまる。報道では認知症のこれから必要になる「治療」が強調されていたが、もっと今のうちにできる「予防」について取り組まなければならない。

 こうした意味で、新聞記事としては若干古くなるが、2023年8月7日付で日本経済新聞に発表された『認知症新薬が教える予防の大切さ 要注意の12リスク』と題する記事は優れていた。

 23年1月の『認知症新薬「レカネマブ」への期待と懸念』でも扱ったように、昨年は日本でも新薬への期待が高まっている最中だった。しかしその時に、「それ(新薬)は発症を遅らせる時『時間稼ぎ』にすぎないという現実を忘れるわけにはいかない。そして注意すべきは若い世代から抱える発症リスクだ。もっと発症リスクに目を向けよう。その中には個人で対処できないリスクもある。社会全体でのリスク低減策も必要だ」と書いていたのだ。

 個人レベルだけでなく社会(地域住民、ポピュレーション)レベルでのリスク低減を視野に入れていたのは慧眼である。日本では、予防的介入のほとんどが保険診療報酬でカバーされないこともあり、医師には予防へのインセンティブが働きにくい環境になっている。日本の保健医療制度で世界の潮流から取り残されているものの最たる例のひとつである。

認知症の発症リスク

 その記事の中で紹介していた認知症の発症リスクは、英国の医学雑誌『ランセット』の論文から引用している。『ランセット』には、その編集者が大学の研究者などの学術パートナーと協働して、科学、医療、国際保健における喫緊の課題を取り上げて研究し、その領域での医療政策や診療の改善について推奨を提供する「ランセット委員会(The Lancet Commissions)」というプロジェクトがある。  

 そのひとつとして、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン、アルツハイマー病協会などの協力のもと、24人の国際的エキスパート(日本は入っていない)が、認知症の予防、介入、そしてケアについて報告された世界の研究結果(日本で行われた研究も入っている)からのエビデンスを批判的吟味し、独自に実施したメタアナリシスも組み合わせて報告書を出版したのである。17年出版の最初の報告書に続き、20年に追加の報告書が出版された。

 17年版には9項目のリスク(教育期間の短さ[7%]、難聴[8%]、高血圧[2%]、肥満[1%]、喫煙[5%]、うつ病[4%]、社会的孤立[4%]、運動不足[2%]、糖尿病[1%])が、そして20年版では3項目のリスク(外傷性脳損傷[3%]、過度な飲酒[1%]、大気汚染[2%])が追加された。それぞれの項目の後に示した数字(%)は、もしそのリスクが除かれた場合に減少する認知症有病率である。

 世界の認知症患者の40%でこれらの修正可能な12のリスクのどれかが関わっていると推計されており、これらのリスクをすべて修正することで、理論上40%の認知症の予防または発症遅延が可能である。

 そして重要なことは、小児期・青年期での十分な教育機会の確保、成人期での高血圧や肥満を改善するための生活習慣の修正など、認知症の症状が認められない早期からの(いわば生涯にわたる)リスク軽減が高齢になってからの認知症発症予防につながるということである。


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