予防策は、ポピュレーション・アプローチのもの(世界の教育制度確立、高血圧対策、社会活動奨励策、騒音対策、職場・交通安全、大気汚染対策、受動喫煙防止など)と個人への対応(高血圧のケア、補聴器使用、飲酒制限、頭部外傷予防、禁煙、肥満・糖尿病予防の食育、運動の奨励など)の両面で推奨が示されている(E.S.さんは、認知症予防という文脈で自身の高血圧のマネジメントに前向きになった)。
さらに、報告書では、認知症の薬物療法、認知症患者だけでなく介護者へのケア(E.S.さんのようにうつ病のリスクが高い)、患者・家族の自立性を尊重することとバランスのとれた患者保護、認知症周辺症状への対応、認知症患者の終末期ケア(高齢者の3分の1が認知症をもって亡くなる)、そして(決して対面の社会的参加には代えられないとしながらも)情報通信の革新技術について、エビデンスのレビューをもとにした包括的な推奨を示していてとても参考になる。
MCIについてはまた別の機会にお話ししたいが、上記のように認知症では人生の早期から生涯にわたって予防に取り組むことになるので、そもそも「日常生活に支障のない」軽度の記憶障害と定義されるMCIをわざわざスクリーニングによって早期発見する「有益性」が、MCIとラベルを貼られて差別されたり自尊心を傷つけられたりという「害」を上回るかは疑問である。実際、諸外国の診療ガイドラインでは、MCIのスクリーニングについて、推奨すべきか否かを判断するに足るエビデンスはまだないと結論づけている。
今できる予防ケアから
この17年版報告書についての評論に、家庭医の態度としても大事なことが印象的な言葉で書かれていたので紹介したい。
「治癒は後でも、今ケアする(care now, if cure later)」
つまり、認知症を完治させる治療法実現の見通しはまだ遠いけれど、認知症の人やその介護者に対するサービスやケアに関する利用可能なエビデンスを遅滞なく導入する必要があるということだ。
「時に治し、しばしば和らげ、常に慰める(cure sometimes, relieve often and comfort always)」
というヒポクラテスの格言の影響も感じる。