2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2024年6月3日

対策を怠れば、観光資源を失う結果に

 元々観光地として想定してなかった地域では地域住民が有効な対応策を持てない場合もあり、時にはその観光資源自体をなくすことで解決を図るという悲しい事象も起こり得る。そうした事例の一つに北海道美瑛町南部を走るパノラマロード沿いに、1本だけ立っていたイタリアポプラの木がある。

 地面に対して首をかしげるように傾いて立つ姿から「哲学の木」と呼ばれ、写真撮影の名所として知られていた。この木は農家が所有しており、周辺には農作物を育てている畑であった。

 立ち入り禁止の標識があるにも関わらず、無断で畑に侵入して撮影する観光客が後を絶たず、停めてあるトラクターに乗り込むなど、マナー違反が相次いでいた。農作業に支障が出る行為が頻発し、「美瑛まで来てくれるんだから、楽しみを奪っちゃかわいそうだな」と思っていた農家の我慢も限界を超え、2016年2月にその哲学の木を切り倒した。

 北海道の木に関係する事例では、10年ほど前にJALのCMで使われた北海道上富良野町の私有地に立つ5本のカラマツもある。CM中にタレントの相葉雅紀氏が「嵐の木って呼んでいいかな」と話したこともあり巡礼を行うファンが殺到した。私有地に立ち入り撮影を行うファンが後を絶たず、ゴミのポイ捨てや違法駐車などの問題も発生。激怒した木の所有者が被写体としての価値を下げるために新たに木を2本植えて、7本の木にしてしまった。

 もともと人気のある地域がランキングに掲載されるなど注目され、観光客が集中するパターンもある。東京都渋谷区の中でも代々木公園近くの富ヶ谷は落ち着いた住宅街で、おしゃれなカフェやスタイリッシュなショップ、モダンなレストランが並んでおり、外国人観光客の人気が高まっていた。地域住民はレストランの予約が取りにくくなるなど混雑を感じ始めていた。

 その中で、23年10月にグローバルメディアのタイムアウト(英国)が全世界対象の大規模な都市調査と各国エディターの情報をもとに行った「The 40 coolest neighbourhoods in the world(世界で最もクールな地域)」と題したランキングで、富ヶ谷がトップ10に選出された。今後一層のインバウンド客が押し寄せる可能性が高い。

思わぬオーバーツーリズムが起きる現代的な要因

 意図的なプロモーションを行っていない地域やスポットに突然観光客が押し寄せる背景は大別して2つある。一つはSNS等のコミュニケーション技術・ナビゲーション技術の発達と観光客の発信力増加が挙げられる。

 例えばYuenらの調査では、SNSの情報が観光地域づくり法人(DMO)やマスメディアなど伝統的な情報源より信頼度が高くなっていることを指摘している。SNSの中では、友人や親戚からの一方的な発言に比べ、Mafengwoのような第三者の観光コミュニティでの情報がより包括的で信頼性が高い。

 さらには、ナビゲーション技術の発達によって以前は、行きたいと思っていてもいけなかった地域や場所に比較的容易に到達できるようになった。こうした技術の発達によって一般の観光客が簡単に自分の体験を発信できるようになった。インスタグラム、YOUTUBE、TikTokなどさまざまな媒体を活用して体験が発信されている。

 二つ目の背景として、観光資源と観光目的の多様化・細分化がある。伝統的に観光は風光明媚な景勝地、伝統的で由緒ある建築物や施設、貴重な収蔵品を持つ美術館や博物館、特別な行事やイベントなどを見聞きすることが主な目的であった。

 昨今は住民にとってはごく普通の風景、日々の生活、地域の行事等が観光資源化し、そうした地域の日常を見分し体験する旅の人気も高まってきている。観光目的として特定のコンテンツの世界観を体験したいというのは以前もあり、例えばビートルズが『アビイ・ロード』のジャケット写真に使用したセント・ジョンズ・ウッド界隈にあるグローブ・エンド通りとアビー通りの交差点に位置している横断歩道を目指すのは英国旅行客の定番の一つだった。それが今では細分化し、地域住民がよく知らないようなマニアックな聖地巡礼が出てきている。


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