そもそも、会社法ができた06年時点で、日本の企業社会の根本を支え、買収防衛にもなっていた、企業と金融機関による株式持ち合い構造は崩れていた。代わって支配的な株主となったのは、日銀と機関投資家である。日銀は議決権行使を事実上放棄しているが、機関投資家は株価が上がることが多い「同意なき買収」を排除できなくなった。つまり、現在は、機関投資家という株主を説得できる株価と、その裏付けとなるビジョンが求められている。
敵対的(同意なき)買収に反発する社会的な雰囲気のなかで、新会社法はまるで買収防衛策を強化したように見せていた。その実、株主が同意なき買収の許諾を判断する方向へ舵を切っていたのである。
M&A加速の命運を握る
日本の過剰なコンプラ強化
新味のなかった指針だが、買収巧者の利用と位置づけでM&Aを加速させる可能性は秘めている。買収で株主権を確立することが、まだまだ強いとは言えない日本企業の収益力を強化し、それが日本経済の繁栄につながるのではないかとの期待があるからだ。
だが、今年に入ってからは、ブラザー工業のローランドDGへのTOBや、AZ−COM丸和HDによるC&FロジHDの買収が失敗に終わった。
買取株価が株主を満足させられなかったのだろうが、買収する側が強くなったとばかりは言えない。
そのうえ、買収側はまだまだ、ステークホルダーが買収阻止に動くリスクを警戒せざるを得ない。例えば19年、米主要企業の経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は株主至上主義を見直し、従業員などステークホルダーを重視すべきだという考え方を打ち出している。
新自由主義の元祖、米国のミルトン・フリードマン教授が唱えた「企業の唯一の責任は、利潤を増加させること」というフリードマン・ドクトリン。日本経済はまだ、このドクトリンを取り込むことが繁栄につながるとする段階にあるのではないか。買収が同意なき場合を含め会社の収益力を強化する可能性は高い。
だが、日本は買収以外にもコンプライアンスの過剰強化や自社株買いの横行、指名委員会等設置会社など、米国流の過激な会社制度を取り入れてきた。それが収益力を強化した証拠は乏しい。むしろ、「コンプラへの過剰依存」でリスクが取れなくなり、日本企業は成長の鈍化に陥っていないだろうか。
欧米では「環境問題や貧富の差の拡大などを助長してきたのは、ほかならぬ株式会社だ」という考えに注目が集まる。この株式会社の制度や行動様式を変えなければ社会や地球を維持できないという考え方は、日本にもあてはまる。企業買収においては、株主権はまだまだ強化されなければならない。だが、その際には社会課題に逆行させないバランス感覚も欠かせない。
選挙イヤーとして民主主義の危機が顕著になる2024年──。企業活動は二酸化炭素(CO2)の排出による環境問題や、貧富の差を引き起こしてしまっている。買収に限らず、株式会社制度そのものも見直し必至の危機的状況にある。