2024年7月23日(火)

Wedge REPORT

2024年7月23日

 日本で企業の合併・買収(M&A)ブームが始まった、との見方がある。

同意なき買収の第1号を成功させたニデック。今年2月に新しい経営体制を発表した(JIJI)

 きっかけは2023年8月31日に公表された経済産業省の「企業買収における行動指針」だ。50ページに及ぶこの指針が敵対的な買収を促し、M&Aを活発化させるという。本当だろうか。

 バブル崩壊後の経済の長期低迷の中で、経産省はM&Aを促すことで企業社会を合理化しようとした。起点となったのは、05年に法務省と共同で策定した「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」である。

 この指針は、1990年代に作られた行き過ぎた買収防衛策に歯止めをかけ、買収を促すことを狙いとした。その後も、買収加速のため多くの報告書や指針を次々と発表してきた。例えば、2020年には「事業再編実務指針」を策定し、事業の不採算部門の見直しや、事業の切り出しの手法を提示している。昨年8月の指針も、事実上、05年の指針を改訂したものだ。

 新「行動指針」が、新自由主義的なM&A促進策であるのは間違いない。『週刊東洋経済』(24年6月29日号)では「経産省が日本初の包括的なM&A指針を策定。仁義なき企業買収の幕が開けた」と報じた。

 だが、このM&Aブームの起爆剤とされる新たな行動指針が掲げた三原則(①企業価値・株主共同の利益の原則、②株主意思の原則、③透明性の原則)は約20年も前の旧指針にも実質的には盛り込まれていた。新味はない。あえて新指針の新しさをいえば、「敵対的買収」を「(被買収会社の取締役会の)同意なき買収」と言い換えたことくらいだ。

 実際、物言う株主(アクティビスト)とされるある投資ファンドのマネージャーに新指針について問うと「別に邪魔にはならないが、何をいまさらという感じだ」と言い、「M&A関係者で全部を読んだのは、商売のネタを探した企業法務の弁護士ぐらいではないか」と嘲笑気味だった。

 企業法務に絡むガイドラインが出れば、企業向け「解説セミナー」が花盛りとなるのが普通。だが、今回はほとんど開催がなかった。あたかも、買収劇が激化するかのような一部経済誌の過激な見出しは、「部数かさ上げ策だ」と笑われている。


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