2024年11月24日(日)

絵画のヒストリア

2024年8月4日

 帰国後、潾二郎は28歳で二科展に初入選したのを皮切りに、各地の個展や作品頒布会で多くの作品を発表する。そうした活動はジャーナリストの父とベストセラー作家だった長兄の海太郎が支えたはずである。

 カンバスに描かれた風景や静物は、画家が視覚でとらえた物理的な現実ではない。それは画家のなかに立ち上がった美と詩情が画布に呼び込まれて描かれるのである。

 パリ時代に描いた『道(巴里郊外)』などの風景から戦後、晩年にかけて数多く描いた卓上の静物まで、一貫して画布には薄い皮膜に覆われたような非現実感が漂っている。「現実は精巧に出来た夢である」という、この画家の一般的な考えを超越した詩人的リアリズムは、1988年に84歳で死去するまで終生持続して画風を変えることがなかった。

長谷川潾二郎『道(巴里郊外)』(1931年、460×547㌢、油彩・カンバス、宮城県美術館蔵)

タローの「履歴書」

 グループや集団には属さずに画壇の傍流を歩んで、戦争ともほとんどかかわることはなかった。家族と猫に囲まれて、心のなかの風景を晩年まで描き続けた長谷川潾二郎は、無名ではあれ「幸福な画家」と呼ばれるべきであろう。

 『猫』のモデルの飼い猫、タローについて画家が記した「履歴書」がある。

〈タローの履歴書〉姓名 タロー
現住所 東京都杉並区神明町29番地
出生地 東京都世田谷区上北沢町2-676番地 文士長谷川四郎宅
本籍地 エジプト国、デア・エル・バハリ神殿、スフィンクス通り2-1-11
職業 睡眠研究株式会社社長 万国なまけもの協会日本支部顧問
学歴 幼時家庭教師につきてフランス語と音楽を学ぶ(註 フランス語は特に次の二つの文章につきて造詣深し。
Le chat sage boit et mange avec sobriete 
賢き猫は節制をもって飲食す
Vivez conformement a ce que vous croyez
汝の信ずる所に従って生きよ
音楽はクラシック、特にフランソワ・クープラン、及びエリック・サティーの曲を愛好す‥‥‥。
              (長谷川潾二郎画文集『静かな奇譚』による)

 これは愛猫へのオマージュであるが、同時に画家長谷川潾二郎の密かな自画像だったのではなかろうか。                                                             

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