2024年8月3日(土)

BBC News

2024年8月3日

パリ・オリンピック(五輪)のボクシング女子66キロ級の2回戦で、試合開始46秒で棄権したアンジェラ・カリニ選手(25、イタリア)が2日、試合直後の自身の対応について、対戦相手のイマネ・ケリフ選手(25、アルジェリア)に「謝りたい」と語った。

ケリフ選手は、昨年の女子ボクシング世界選手権で、国際ボクシング協会(IBA)の資格基準を満たせず、失格となった2選手のうちの1人。

国際オリンピック委員会(IOC)は、昨年の世界選手権でウェルター級のケリフ選手が失格となったのは、男性ホルモンの一種であるテストステロンの上昇によるものだったと述べた。ケリフ選手は、2021年の東京五輪にも出場している。

ケリフ選手の女子カテゴリーへの参加は物議を醸し、IOCが同選手には出場権があると擁護する事態になっている。

こうした中、カリニ選手は「この論争を悲しく思う」とイタリア紙ガゼッタ・デロ・スポルトに語った。

「対戦相手にも申し訳ない。IOCが彼女に試合で戦えると言ったなら、私はその決定を尊重する」

カリニ選手は試合を途中棄権したことは大人の対応だったとしつつ、試合後にケリフ選手と握手をしなかったことを悔やんだ。

「そんなことをするつもりはなかった」と、握手しなかったことについてカリニ選手は述べた。「実のところ、彼女とみんなに謝りたいと思っている。あの時の私は、自分のオリンピックが終わってしまったことに腹を立てていた」。

そして、ケリフ選手と再会することがあれば「彼女を抱きしめ」たいと付け加えた。

1日の試合で、開始30秒以内に顔面にパンチを受けたカリニ選手は、コーチにヘッドギアを直してもらうためにコーナーに向かった。試合は再開したものの、カリニ選手はもう一度コーナーに戻り、試合を止めた。

カリニ選手は試合後、BBCスポーツに対し、「私は試合を終えられなかった。鼻に強い痛みを感じた。自分の経験と女性としての成熟のためだと(自分自身に)言い聞かせて、自分の国に悪く思われないように、父に悪く思われないようにと願ったけれど、私は止めた。自分のために止めた」と語った。

「一生に一度の試合だったかもしれないが、あの瞬間には、自分の命も守らなければならなかった」

IBAのウマル・クレムレフ会長は2日、同団体がカリニ選手側に10万ドル(約1500万円)を支払うつもりだと述べた。これは今大会の金メダリストへの賞金と同額で、半分はカリニ選手に、4分の1は同選手のトレーナーに、残りの4分の1はイタリアのボクシング連盟に支払われるという。

ケリフ選手は3日の66キロ級の準々決勝で、ハンガリーのハモリ・アンナルツァ選手(23)と対戦する。

ハモリ選手は2日、ケリフ選手が女子カテゴリーに参加するのは「フェアだとは思わない」と語った。

「この出場者(ケリフ選手)が女性部門で競えるのはフェアだとは、私は思わない」と、ハモリ選手はソーシャルメディアに投稿した。

「だけど、今はそんなことは気にしていられない。私には変えられないことなので。人生というのはこういうものだ」

「私は勝つためにベストを尽くす」

「トランスジェンダー案件ではない」とIOC

ロシアが主導するIBAは2023年の世界選手権で、ケリフ選手が「IBAの規定で定められた女子競技会への参加資格を満たしていないと発表。同選手は失格となった。

この世界選手権では、台湾の林郁婷選手もジェンダー適性検査に合格せず、銅メダルを剥奪(はくだつ)された。

ケリフ選手と林選手はこれまでずっと、女子カテゴリーに出場していた。IOCからは、女子選手として認められている。

「このアルジェリア人ボクサー(ケリフ選手)は「女性として生まれ、女性として登録され、女性として人生を送り、女性としてボクシングをし、女性のパスポートを持っている」と、ICOのマーク・アダムズ報道官は2日に述べた。

「これはトランスジェンダーに関する案件ではない。どういうわけか、男性が女性と戦っているかのような誤解から、混乱が生じている。これはそういうことではない。その点についてはコンセンサスが得られている。科学的にも、男性が女性と戦っているわけではない」

ケリフ選手は、アルジェリアで女の子として育った経験や、男の子たちと一緒にサッカーをしていて直面した偏見について明かしていた。

「障害に負けず、どんな障害にも立ち向かい、それを乗り越えてください」と、ケリフ選手は今年3月に話している。「私の夢は金メダルを取ること」。

「私が勝てば、ほかの子供の母親や父親が、自分たちの子供がどこまでやれるのか、その可能性を知ることができる。特に、アルジェリアの恵まれない少女や子供たちを元気づけたい」

ケリフ選手が自分自身を女性以外として認識していると示すものはない。

ボクシング歴

ケリフ選手は8年前にボクシングを始めた。

19歳だった2018年の世界選手権で17位に入った。これが、アマチュアの国際試合デビューだった。

1年後の世界選手権では19位だった。

初めてのオリンピック出場は、2021年の東京大会だった。女子66キロ級の準々決勝で、アイルランドのケリー・ハリントン選手に5-0で敗れた。ハリントン選手はこの階級で金メダルを獲得した。

2022年の世界選手権では決勝まで勝ち進んだ。アイルランドのエイミー・ブロードハースト選手(現在はイギリス代表)に敗れたが、アルジェリア人ボクサー初の世界選手権メダルとなる銀メダルを獲得した。同年のアフリカアマチュアボクシング選手権や地中海競技大会では優勝した。

2023年にはアラブ競技大会で優勝。セネガルで開催されたアフリカのオリンピック予選の決勝で、アルシンダ・パングアナ選手(モザンビーク)を下してパリ五輪の出場権を獲得した。

これまでの戦績は50試合中41勝9敗。このうち6勝はノックアウト勝ちだった。

なぜ物議に

カリニ選手が開始わずか46秒で棄権し、ケリフ選手が勝利した1日の試合は物議を醸した。

こうした批判の大半は、インド・ニューデリーで開催された2023年世界選手権でケリフ選手が失格となったことがきっかけだ。

ケリフ選手はこの世界選手権の決勝で、中国の楊柳選手と対戦するはずだった。しかし、試合の数時間前に、IBAが実施したジェンダー適性検査で不合格となった。IBAによると、ケリフ選手は当初、スポーツ仲裁裁判所に不服を申し立てたが、後に取り下げたという。

IBAはケリフ選手が「IBAの規定で定められた、女子大会への参加資格を満たしていない」とした。

IBAの規定では、「ボクサーは本規則の定義に従って、同性のボクサー、すなわち女性は女性と、男性は男性と競い合う」とされている。

女性は「XX染色体を持つ個人」、男性は「XY染色体を持つ個人」だと、同組織は定義している。

IBAはケリフ選手の検査について、男性ホルモンの一種であるテストステロンの値は調べていないとしている。

IBAのロバーツ会長は1日、BBCのダン・ローアン・スポーツ担当編集長とのインタビューで、XY染色体が(ケリフ選手と林選手の)「両方のケース」で確認されたと述べた。

会長は、「異なる染色糸が関わっている」ためIBAはケリフ選手を「生物学的に男性」だと言うことはできないとした。

IOCは、IBAの検査の正確性に疑問を呈している。

「(検査の)プロトコルがどうだったのか、検査が正確だったのか、この検査を信じるべきかどうか、私たちにはわからない」と、IOCのアダムズ報道官は述べた。

「検査が行われたことと、私たちがその検査の正確性あるいはプロトコルを受け入れるかどうかは、別問題だ」

BBCは、IBAの適格性検査がどのようなものだったのか、まだ特定できていない。

五輪ボクシングの規制や管理は

IBAの決定以降、五輪のボクシング競技の規制や管理はどう変わったのか。

これまでの五輪とは異なり、東京大会ではボクシング競技はIBAではなくIOCが運営した。

IOCは2019年、IBAの財政や運営、倫理、審判やジャッジに懸念があるとして、IBAに資格停止処分を科した。

そして昨年6月には、IOCが求めた改革を満たせなかったとして、ボクシングの世界統括団体としての地位が剥奪された。IBAはスポーツ仲裁裁判所に不服を申し立てたが、今年4月に訴えが棄却された。

IOCがIBAの世界統括団体としての地位を剥奪(はくだつ)すると決定したのは、2023年世界選手権でケリフ選手と林選手が失格となってから4カ月後のことだった。

IOCは2021年、「公平で、包摂的、そして性自認や性の多様性に基づく差別のない IOC の枠組み」を発表した。

この枠組みは、各国の競技団体が五輪大会に出場する選手を選考する際に沿うべき10の原則を定めている。これは規則ではない。

IOCは「IF(国際競技連盟)が定める、オリンピック競技大会への出場資格を有し、その資格を満たしたアスリートの参加を支持する。IOCはIFを通じて、出場資格を得た選手に対し、性自認および/または性的特徴にもとづく差別を行わない」としている。

(英語記事 I want to apologise to Khelif - Italian boxer CariniBoxing controversy - what we know and what we don't

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cv2g2eqgr44o


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