2024年10月18日(金)

BBC News

2024年10月18日

ジェレミー・ボウエン国際編集長、BBCニュース

イスラム組織ハマスの最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏がイスラエル軍に殺害された。これはイスラエルにとって、パレスチナ・ガザ地区でのハマスとの戦争において最大の勝利だ。

ハマスにとっては深刻な打撃となった。ハマスはイスラエル国家に建国以来最大の敗北をもたらした戦闘部隊だ。そして、ハマスをそのような組織へと変貌(へんぼう)させたのが、シンワル氏だった。

シンワル氏の殺害は、あらかじめ計画された特殊部隊の作戦によるものではなかった。ガザ南部ラファでイスラエル軍と偶然出くわしたことで、シンワル氏は殺害された。

現場で撮影された画像には、戦車に砲撃された建物のがれきの中で、戦闘服姿のシンワル氏が遺体となって横たわる様子が写っている。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は兵士たちを称賛するとともに、これがいかに大きな勝利でも、これで戦争が終わるわけではないと明確に示した。

「我々は本日、私たちに危害を加える者がどうなるのか、改めて明確に示した。我々は本日、善は悪に勝つのだと世界に改めて示した」

「しかし親愛なる皆さん、戦争はまだ終わっていない。(この戦争は)厳しく、我々に多大な犠牲を強いている」

「我々の前にはまだ大きな課題が残されている。我々には忍耐、団結、勇気、そして揺るがない信念が必要だ。共に戦い、神の助けを借りて、共に勝利しよう」と、ネタニヤフ氏は述べた。

ネタニヤフ氏と、ガザでの戦争を支持するイスラエル国民の圧倒的多数は勝利を必要としていた。

ハマスを軍事的・政治的勢力として排除し、人質を帰還させる――。これが、ネタニヤフ氏が繰り返し主張してきた戦争の目的だ。

しかし現時点でそのどちらも達成されていない。1年にわたり続く戦争で少なくとも4万2000人のパレスチナ人が死亡し、ガザの大半が廃墟と化したにもかかわらず。

ガザで拘束されたままの人質は解放されていない。ハマスは戦闘を続け、時にはイスラエル部隊を殺害している。

シンワル氏殺害はイスラエルが望んでいた勝利だった。それでも、そのほかの戦争目的が達成されたとネタニヤフ氏が主張できるようになるまでは、同氏が言うようにこの戦争は続くだろう。

シンワル氏とは

シンワル氏は1962年、ガザ南部ハンユニスの難民キャンプで生まれた。1967年の第3次中東戦争でエジプト領だったガザがイスラエルに占領された時、同氏は5歳だった。

イスラエルが独立を勝ち取った1948年の第1次中東戦争でイスラエル軍によって家を追われるなどした70万人超のパレスチナ人の中には、シンワル氏の家族もいた。

家族はガザの北部国境に近い、現在のイスラエル・アシュケロン出身だった。

シンワル氏は20代の時、4人のパレスチナ人密告者を殺害した罪でイスラエルで有罪判決を受けた。獄中で過ごした22年間にヘブライ語を学び、敵について研究し、敵との戦い方を導き出したと信じるようになった。この期間は同時に、イスラエルがシンワル氏の歯の治療記録やDNAサンプルを得る機会にもなった。これらがシンワル氏の遺体の特定に使われた可能性がある。

2011年になると、ハマスに拘束されていたイスラエル兵ギラド・シャリート氏とイスラエルで収監されていたパレスチナ人受刑者1000人超の交換が行われた。シンワル氏はこの時に釈放された。

ガザに残る人質、戦争長期化のわけ

昨年10月7日、周到に計画された一連の攻撃で、シンワル氏と部下たちはイスラエルに建国以来最悪の敗北をもたらした。その集団的トラウマはいまだイスラエル人の心の奥深くに残っている。

約1200人のイスラエル人が殺害され、人質が取られ、そのことを敵が称賛する光景は、多くのイスラエル人にナチス・ドイツによるユダヤ人などのホロコースト(大虐殺)を思い起こさせた。

シンワル氏は捕虜交換の経験から、人質を取ることの価値と力を確信していたに違いない。

イスラエル・テルアヴィヴでは1年前から、ガザで拘束されたままの101人の人質(イスラエルによると、その半数はすでに死亡している可能性がある)の家族が広場に集まっている。家族の人たちはイスラエル政府に対し、人質帰還のため、新しく交渉を開始するよう求めた。

人質になっているマタン・ザンガウカーさんの母エイナフ・ザンガウカーさんはネタニヤフ首相にこう訴えた。

「ネタニヤフ、人質を葬るな。今すぐ仲介者や国民の前に向かい、イスラエルの新たなイニシアチブを提示しろ」

「息子のマタンや(ガザの地下)トンネルに残るほかの人質には、もう残り時間がない。あなたはこれで勝利の写真を手に入れた。今こそ取引を実現しろ!」

「ネタニヤフがこの瞬間を役立てず、イスラエルの新たなイニシアチブを打ち出さないなら、たとえそれが戦争終結を意味するとしてもそうしないなら、彼はつまり戦争を長引かせて自分の支配を強化するため、人質を見捨てると決めたことになる」

「私たちは全員が戻ってくるまで諦めない」

イスラエル人の多くが首相について、シンワル氏率いる集団をイスラエルに侵入させてしまった安全保障上の失態への報いを受ける日を先延ばしにするため、そして自分自身の汚職疑惑をめぐる裁判を場合によっては無期限に延期するため、ガザ戦争を長引かせたいのだと、多くのイスラエル人は考えている。

国内のこうした批判を、ネタニヤフ氏は否定する。そして、イスラエルの安全を回復するには、ガザでハマスに「完全勝利」するしかないのだと、力説している。

ガザ市民の反応

イスラエルは、軍の監視付き同行取材をたまに認めるほかは、BBCもほかの報道機関も、ガザに立ち入らせないようにしている。

シンワル氏が生まれたハンユニスでは、現地の信頼できるフリーランサーがBBCに代わって取材している。廃墟と化した街の残骸の合間で、取材に応じたパレスチナ人たちは強気だった。この戦争はさらに続くと、彼らは答えた。

「この戦争は、シンワル氏や(イランで7月に殺害されたハマス最高幹部イスマイル)ハニヤ氏や(ハマス幹部ハーリド)マシャアル氏が、戦う理由のものではない。その他のどの指導者や関係者もそうだ」と、取材に応じたラマダン・ファリス博士は述べた。

「これは、パレスチナ人を皆殺しにするための戦争だ。それは誰もが知っているし、理解していることだ。問題は、シンワル氏あるいはほかの誰かを超えて、はるかに大きい」

アドナン・アシュールさんは悲しむ人もいれば、シンワル氏について無関心な人もいると述べた。

「(イスラエルは)私たちだけを狙っているのではない。中東全域を欲しがっている。イスラエルはレバノン、シリア、そしてイエメンで戦っている。(中略)これは1919年以来100年以上続く、私たちとユダヤ人との戦争だ」

シンワル氏の死がハマスに影響するかどうかの質問には、アシュールさんはこう答えた。

「そうならないことを祈る。できることなら。説明しよう。ハマスとはシンワル個人ではない(中略)ハマスとは、民の大義だ」

ガザでは戦争が続く。イスラエル軍が最近、ガザ北部に行った襲撃ではパレスチナ人25人が殺害された。イスラエルはハマス司令部を攻撃したと主張した。現地の病院の医師たちは、治療した多数の負傷者は民間人だったと言う。

アメリカは今週、イスラエルに対し、ガザ地区に追加の食料や救援物資を搬入するのを許可しなければならないと伝えた。その後ガザでは、パラシュートを使った援助物資の投下が再開された。

1990年代以降、ハマスの歴代指導者は全員、イスラエルに殺害されてきた。しかしその都度、後継者が現れている。イスラエルがシンワル氏殺害を喜ぶ一方で、ハマスは今も人質を拘束し、戦い続けている。

(英語記事 Bowen: Sinwar's death is serious blow to Hamas, but not the end of the war

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/cx2m9yy3gp2o


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