2024年11月21日(木)

生成AI社会

2024年11月1日

軽視されるクリエイターの「人格権」

 経済的なことばかりに目を奪われがちですが、生成AIは、クリエイターの精神的な面にも関係しています。というのも生成AIは、クリエイターの許可なしに、勝手にその人の作品とほかの人の作品とを組みあわせてしまうからです。

 著作権には、財産権とは別に人格権があります。人格権は、その名のとおりクリエイターの人格的なことを守るためにあり、クリエイターの表現物が勝手にほかの人によって変えられない権利も含まれています。

 こだわりをもっていた色使いや構図、セリフが変わってしまったりすると、とても残念な気持ちになります。怒りを覚えることもあるでしょう。よく騒動になります。しかし生成AIは、ごく当たり前のように機械学習に使った表現物に変更を加えます。

 協同組合日本俳優連合は、2023年に「【実演家向け】生成AIに関する緊急アンケート」を実施しました(*4)。

 そのアンケートをみると、回答者の72%(684件)が「知らない内に自分がAIの元になっているのは心外だ」と答え、適正なギャラが入るとしても、自分の顔や声、身体、芝居が生成AIに使われることについて「絶対にやめて欲しい」「出来ればやめて欲しい」という回答が36%にものぼっています。

 生成AIでなくとも、文章では適切な引用があれば知らないうちに自分の作品がほかで使われることがあります。

 けれども、ここで回答者が心配しているのは、自分の作品が統計処理されて断りなくほかの作品と混ざりあうことでしょう。自分が情熱をもって作り上げた作品がまったく違ったものに変わってしまう。その不快感は、とても理解できます。

 このほか、今後、クリエイティビティのステップをうまく踏むことができるのかも心配な点です。最初は、みんな未熟なレベルでスタートします。興味のおもむくまま学んだり正規の教育を受けたり、上手な人の真似をしながら徐々にうまくなっていきます。

 そして、就職してからも時間をかけて勉強を続け、高度な仕事をこなすようになっていきます。数多くのトライアル・アンド・エラーを経て人は創造性を育みます。プロフェッショナル(専門家)として創造性を発揮できるレベルに達するには、10年もしくはそれ以上の時間がかかります(*5)。

 しかし、生成AIが登場したいま、成長のプロセスのかなり長い間、AIのほうが文章やコンピュータ・プログラムをうまく書けますし、絵もうまく描くことができます。しかもAIによる生成はあっという間です。

 そういったなかで人は、創造性の成長のプロセスをうまく歩むことができるでしょうか。

 いろいろな挫折を経験しながらも長い時間をかけて成長のプロセスを歩むことによって、はじめて生成AIのアウトプットの問題点や弱点をみわけることができたり、断片的なプログラムを組みあわせて大きなプログラムにし立派なソフトウェアを作り上げたりすることができます。

 人がみずからの創造性を高度に成長させるプロセスが軽視されかねない点も気がかりです。

*4 協同組合日本俳優連合(2023)「【実演家向け】生成AIに関する緊急アンケート」(2024年5月31日アクセス)

*5 Kaufman, J. C. and R. A. Beghetto (2009) “Beyond Big and Little” Review of General Psychology, 13(1), 1-12(accessed 2024-05-31)

 連載11回を終えました。連載のコラムでは、事例を主に取り上げたにすぎず、あえて理論的なバックグラウンドや核となるメッセージについては触れませんでした。機械と人の創造性は、なにが連続的であり、なにが本質的に違うのかについても扱いませんでした。『生成AI社会 無秩序な創造性から倫理的創造性へ』(ウェッジ)を実際に手に取り、これからの社会に強く求められる倫理的創造性について共に考えてもらえると嬉しく思います。

 AIの技術が革新的に変わってからすでに10年以上が経ちました。便利になったことは多いのですが、私には残念ながら社会がよくなったという実感がありません。けれども社会がよくなる可能性を信じ、よくなるために頑張ろうと思うことはとても大切です。私は、まったくの非力です。しかし社会には大勢の優秀な人たちがたくさんいます。あきらめるのは、まだ早いと感じています。絶望するときが来るかもしれません。でも、それは今ではありません。

 この連載のコラムを読んでいただいたことに感謝しつつ。
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