2024年10月、ノーベル物理学賞に続き、化学賞でも人工知能(AI)関連分野の受賞が決まりました。いまや生成AIの登場は社会に大きな変化をもたらし、私たちはその利便性を享受しています。しかしその一方で、「学習型のチャットボットが差別的発言を繰り返す」「採用人事で男性に優位な判定を下す」「著作物を無断で学習データとして読み込む」「偽情報の生成・拡散が簡単に行われる」「膨大なエネルギー消費による環境破壊」など、生成AI社会に潜む倫理的な課題は後を絶ちません。
私たちは生成AI技術を通して、知らず知らずのうちに大規模な搾取に加担してしまっているのでしょうか。また、これからの社会で求められる倫理とはどのようなものなのでしょうか。『生成AI社会 無秩序な創造性から倫理的創造性へ』(ウェッジ)では生成AIが抱える問題点に触れながら、これからの社会に必要な「倫理的創造性」について迫っています。
*本記事は青山学院大学准教授の河島茂生氏の著書『生成AI社会 無秩序な創造性から倫理的創造性へ』(ウェッジ)の一部を抜粋・編集したものです。連載一覧はこちらから
生成AIは、人に比べて驚くほどいろいろな量のコンテンツをすばやく生成できます。人に頼むと費用が高くなり、かつ何度もやりとりを重ねなければならないため時間がかかります。
また、どの人がこれまでどのようなプロダクトを作ってきたかを検討しながら、仕事の依頼先を選ぶのにも労力がかかります。訂正の依頼をするにしても、人相手では少々気が引けます。
こうした点を考えると、生成AIを使えば楽です。時間は節約できますし、生成AIごとに特徴はありますが、比較的いろいろなコンテンツに対応できます。印象派の絵でもアニメのキャラクターでもAIは生成します。
それに、生成AIは人ではないので、何百回とやり直しても気が引けません。さまざまな問題がありつつも、生成AIのコンテンツは人々に受け入れられていくでしょう。
こうしたときに問題になってくるのは、当然のことながらクリエイターのことです。すでに多くのクリエイターが十分な報酬を受けられなくなっていますが、その傾向にさらに拍車がかかってしまいます。多くの人は、クリエイターに頼むよりも生成AIを使うことが想定できるからです。
クリエイターではなくプラットフォーマーに流れる経済的利益
インターネットが普及する前は、業界ごとに縦割りで流通市場が形成されていましたが、それらがジャンルを問わずインターネットに流れ込みました。
その経済的利益は、クリエイターやプロデューサーではなく、流通を握ったプラットフォーマーといわれる大手のネット企業にもたらされ、コンテンツの制作者たちは、経済的な苦境にあえぐことになりました。
すでにクリエイティブ産業の人たちは個人事業主として働いていることが多く、社会保険が手薄であり、低賃金で同時に複数の短期的な仕事をこなしながら自己PRに力を入れなければならない状況に追い込まれていました(*1)。この状況下で生成AIが登場したのです。
生成AIによるコンテンツ量はきわめて膨大です。Everypixel Journalに掲載された調査によると、画像生成AIが公開されてからおよそ1年間で150億枚以上の画像が生成されました(*2)。この量は、最初の写真が撮影された1826年から1975年までの150年間、写真家が撮り続けた写真の数に匹敵します。生成AIが生み出す量がいかに驚異的であるかがわかる数字です。
たとえ人が従来のテクノロジーを使って丁寧に作っても、生成AIのコンテンツに量的に埋もれてしまいます。インターネット上のコンテンツは、途方もなく増え続け、AI生成物で埋め尽くされてしまうに違いありません。
ただし、ここで忘れてはならないのは、生成AIがクリエイターの作ったコンテンツを読み込み、それをもとにして新たなコンテンツを出力しているということです。
生成AIの開発者や運営者、あるいはコンテンツをデータとして収集する業者ばかりに利益が偏ってしまい、クリエイターに報酬がもたらされないのであれば、それは是正しなければならないでしょう。
というのもクリエイターがコンテンツを作らなければ、それを読み込む生成AIは高度化しないからです。画像データや低品質の言語データはまだ枯渇しませんが、高品質の言語データは2026年にも枯渇するといわれています(*3)。
クリエイターによってコンテンツが多様に継続的に作られてこそ、AIのコンテンツも多様に、そして継続的に生成されていきます。良質なコンテンツがあってこその生成AIであることを忘れてはなりません。
*1 アンジェラ・マクロビ―(2023)『クリエイティブであれ』(田中東子監訳,中條千晴・竹﨑一真・中村香住訳)、花伝社
*2 Valyaeva, Alina (2023) “AI Has Already Created As Many Images As Photographers Have Taken in 150 Years”, Everypixel Journal(accessed 2024-05-31)
*3 Villalobos, P., J. Sevilla, L. Heim, T. Besiroglu, M. Hobbhahn, and A. Ho (2022) “Will we run out of data? An analysis of the limits of scaling datasets in Machine Learning”(accessed 2024-05-31)