こうした首相にとって、戦争犯罪と殺人など人道に対する容疑でICCから逮捕状を出されたのは大きな誤算だった。ICCは警察力を持っておらず、逮捕などは加盟各国に委ねられており、実際に逮捕されるかどうかは疑わしい。同じように逮捕状を出されたロシアのプーチン大統領はICC加盟国のモンゴルを訪問しても逮捕されなかった。
だが、保守党から労働党に政権交代した英政府の報道官は「ICCの義務に従う」と述べており、逮捕状を執行する方針だ。欧州連合(EU)の高官も「ICCの決定は尊重されなければならない」としている。イスラエルと後ろ盾の米国はこの決定に強く反発しているが、友好な関係にあったEU諸国の訪問を逡巡せざるを得ない状況は、首相には手痛い打撃だ。
そんな首相が待ち焦がれているのがトランプ新政権の発足だ。トランプ次期大統領は首相の期待に応えるように、新しいイスラエル大使に親イスラエル派の急先鋒ハッカビー元アーカンソー州知事を指名した。首相の胸の内は「国際的に孤立しても、トランプ氏の支持があれば乗り切れる」との読みがある。
トランプ復権におののくイラン
トランプ氏の復権で首相が目論んでいるのはイランの核施設攻撃に向けた積極的な米国の軍事支援だ。バイデン大統領は核施設や石油関連施設への攻撃にストップをかけたが、トランプ氏は「まずは核施設を攻撃し、他のことはその後に考えればいい」などと容認の姿勢を示している。
イランは最近も国際原子力機関(IAEA)との対決姿勢を強め、ウラン濃縮活動を強化する方針を示している。核爆弾製造には濃縮度90%のウランが必要だが、イランはこのレベルに容易に到達する濃縮度60%の六フッ化ウランを10月末の時点で、182キロ保有しており、その気になれば数週間で核爆弾3~4個を製造できるとされる。
だがネタニヤフ首相によると、この核施設を防衛するためロシアから導入配備した地対空ミサイルシステム「S300」4基は4月と10月のイスラエルによる攻撃で破壊された。このため軍事専門家によると、イランの防空網は「裸の状態」で、中部ナタンズなどの核施設は容易に攻撃にさらされる恐れが強い。
イランは表面上、強気の姿勢を崩していないが、実際は「トランプ政権の登場に恐れおののいている」(ベイルート筋)。同筋によると、イランが先月、米政府に対し「トランプ氏の暗殺を画策していない」と文書で釈明したのも、トランプ氏の復権に備えたものだったようだ。「中東ではイランが米国に泣きついた」とみられているという。