現代のエンタメにも影響
講談ブームを引き起こしいる、神田伯山は喜八の戦争における生と死のテーマに、最も早く気がついた人物のひとりだろう。池袋が地元の伯山は、大学生時代に毎日のようにいわゆる二番館の映画館で作品を観続けたという。喜八の名前は知っていたが、『血と砂』を観た衝撃はいまも忘れない。
伯山は語る。「(ノルマンディ作戦成功後も続いた戦闘を描いた)『プライベート・ライアン』以上に戦場の現場にいる感覚があった。主調が表にでていない。エンタテイメントは、主張が核に隠れているほうがよい。(『血と砂』は)ポップな映画だと感じた」
『血と砂』は曹長役の三船敏郎が統率する音楽隊の物語である。部隊には、新聞記者を名乗る謎の人物や曹長を慕う慰安婦も加わっている。
音楽隊のメンバーは、それぞれが担当する楽器の名前で呼ばれている。20歳に満たないふたりの兵士が戦闘で死ぬ。曹長は「しめっぽくなく、明るく送ろう!」と。
なんと、『聖者の行進』を演奏しながら、歩き始めるのである。
音楽隊のメンバーは次々に戦闘で死んでいく。すでに、敗戦に終わったことも知らずに。ラストシーンは、敗戦を知らせるビラを握ってかけて寄ってくる兵士を、音楽隊の伊藤雄之助が打ち殺す。
横浜国立大学准教授のファビアン・カルパントラ氏は、日本映画を社会や経済のなかで位置づけする研究を続けている。そのなかで、相米慎二監督が最も面白い映画として、2作上げているが、いずれも喜八作品だった。『独立愚連隊』(59年)と『独立愚連隊西へ』(60年)であると。
独立愚連隊といるダメ兵士を集めて名づけられた部隊が、戦闘を繰り返しながらも、サスペンスも織り込まれた異色作である。カルパントラ氏は、相米監督の言葉を紹介する。
「日本の戦争映画は、暗い、陰湿なイメージが強い。岡本監督の作品(上記2作品)は、コメディの中から戦争を批判する」と。