オバマは続けて、トランプが喜んでいるのは、他の「重要な」問題に取り組めるからだと語り、聴衆がどのような「重要な」問題かと耳をそばだてると、「月着陸を偽装したのか」とか「(墜落したUFOを米軍が回収したとされる)ロズウェルで何が起きたのか」とかのことだと、トンデモ話が列挙され、一同が大爆笑となった。
さらに当時トランプが活躍していた番組についても揶揄し、トランプがホワイトハウスの主となれば変化をもたらせるだろうとして最後に、ホワイトハウスが「トランプ・ホワイトハウス・リゾート・アンド・カジノ」と化した絵がスクリーンに大写しさせた。ご丁寧に正面の柱は白から金色に塗り替えられ、正面広場では水着姿の美女がカクテルを楽しんでいるというものであった。
招待を光栄と考えてきちんと正装して出席したトランプを待っていたのはそのような仕打ちであった。その場に出席していた『ニューヨーカー』誌のアダム・ゴプニク記者は、「まるでさらし者にされた男のように、頭は固定され、次々と襲いかかる笑い声にもほとんど身じろぎもせず、表情を変えることもなかった」と書いている。
その晩餐会のテレビ映像を見る限りでは、トランプは笑顔でオバマに手を振っているようにも見える。ただ、トランプの腸が煮えくり返っていたであろうことは想像に難くない。少なくともオバマは笑いものにするためにトランプを招待したのである。関係者の中には、あの日にトランプが大統領になろうと決意したという者も多い。
指導者の「気高さ」とは
オバマの発言は、そもそもトランプがオバマを黒人で父親が外国生まれであるから自身も外国生まれではないだろうかという悪意のある見方を利用して、何の根拠もない非難を浴びせ続けていたからだが、オバマはその攻撃を正面から受けて立って同じレベルで仕返ししたのである。
オバマ大統領の夫人ミシェルは、オバマ本人よりも人望があると言われることもあるほどの人物であるが、彼女のモットーの一つに、「相手が低俗なら、私たちは気高くあろう」というものがある。いかに相手が低俗なレベルで攻撃してきても、同じレベルに降りてやりあうのではなく、気高さを失うべきではないという意味である。この時オバマもミシェル夫人のモットーに従うべきではなかったか。
オバマが初のアフリカ系大統領となったために、保守派が十分多様性を認めたからもうたくさんだろうとなって、トランプ大統領誕生をもたらしたという考えがあるが、この日のトランプが大統領になることを決意したとするなら、オバマは二重の意味でトランプ大統領の生みの親と言えるかもしれない。民主党が誰を大統領候補にすべきかで混迷を極めていた2024年7月の世論調査で、トランプに勝てる唯一の候補として名前が挙がっていたのがミシェル夫人であったのもむべなるかなである。
ゼレンスキー大統領が意図してトランプやバンスに〝論争〟を仕掛けたのであるならば、トランプが仕返しをしかねない。ゼレンスキーのやり方は得策でなかったのかもしれない。
やられたらやり返さずにいられないのがこれまでのトランプだが、米国のリーダーにふさわしい態度で今後ウクライナ問題に取り組んでくれると信じたい。
