2025年12月6日(土)

食の「危険」情報の真実

2025年3月6日

データによる検証がない

 「環境によい」というフレーズ自体が非常に多義的であるため、本当は問題設定の段階から再検討したほうがよいのだが、紙ストローが環境配慮であるとの説には、実際の検証データがほとんどないことも問題だ。科学の考え方では立証責任は主張する側が負うため、紙ストローの優位性を正当化するためには、実際に紙ストロー導入によって海洋生物の健康状態が改善したなどのデータを積み重ねる必要があるが、筆者の調べた限りではそうした知見を見つけることができなかった。

 たとえば、社会科学における有力な研究デザインの一つに「自然実験」という手法があり、これは、何らかの理由で自然に起きた、あたかも厳密に条件統制された実験のような状況を利用して因果関係を究明する手法である。ある政策の効果について、その政策が実施された地域のデータと、ほかの条件は同じだがその政策のみ実施されていない地域のデータが比較できれば、因果関係を推定することができるのだ。

 紙ストローの導入はかなり多方面に進められてきたため、こうした自然実験のノウハウを利用して、海洋生物への影響や、紙ストローによる消費者意識の変化などのデータ収集も可能ではないかと想像するが、今のところ有力な知見は出されていないようである。

 以上のように、海洋生物への直接的な影響を懸念して導入が進んだ紙ストローだが、現在の科学的な知見に基づくと、紙ストローよりもプラスチックストローのほうがむしろ「環境によい」と言うことができそうだ。余談であるが、近年、紙でもプラでもないバイオプラスチックストローへの期待が高まっており、実際にスターバックスでもこれに転換する方針を打ち出している。ただし、コスト面や環境負荷面での課題がまだ残っているため、今後の展開に注目したいところだ。

「ふわっと」したイメージの裏側を考える

 さて、科学とは、大きく仮説(理論)と検証(データ)のサイクルによって成り立つ方法論であり、今後の研究結果次第で科学的知見も変わりうるため、本稿で紹介した知見もあくまで暫定的なものだ。また、科学的な知見がどうであれ、それが価値として絶対的に正しいという意味ではないため、判断材料の一つとして上手く活用していくのがよいだろう。

 ただ筆者個人的には、紙ストロー議論を含む環境問題全般において、科学的根拠が十分でないまま「なんとなくよさそう」といった雰囲気で社会が進む傾向が強いように感じている。電気自動車(EV)や再生可能エネルギー、水素社会など、環境関連のトピックで「理想の提案」はさまざまな形で伝えられるものの、実現のためのハードルの高さや実態とのギャップの大きさはあまり知られていない。

 紙ストロー議論も同様で、鼻孔にストローが刺さったウミガメの動画は確かに痛々しく、閲覧した際に筆者自身も悲しい気持ちになったが、これはプラストロー以外のごみや突起状の自然物などでも起きうることで、単にプラストローを悪とするだけでは解決しない。紙ストローの包装にはプラスチックが使われ、プラストローの包装に紙が使われていたりする実態を思い返してみても、プラストローのみを問題視しても根本的な問題解決には至らないように思う。

 本稿で紹介したような科学的知見などを参考に、社会全体でいま一歩立ち止まって考えてみるのがよさそうなテーマといえる。

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