
ドナルド・トランプ米大統領が2日に発表した、アメリカへのすべての輸入品に対する新たな関税は、国際貿易に大きな影響を及ぼすと予想されている。そして、欧州連合(EU)のほか、アメリカの主要同盟国はこぞって批判している。
一方で、中国はまた別の反応をするかもしれない。習近平国家主席がこの関税措置を「贈り物」だと受け止める可能性があるからだ。
五つの主要経済国(圏)で取材するBBCの記者が、それぞれの国・地域で、トランプ氏の発表がどのように受け止められているのかを解説する。
欧州は米を苦しめられるものの……
カティヤ・アドラー欧州編集長(ブリュッセル)
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、新しい関税は世界中の何百万という人々に「悲惨な」結果をもたらすことになると、EU全加盟国の考えを代弁した。
新しい関税が世界に放つことになるだろう「複雑な状態と混乱を切り抜けるための、明確な道筋はない」とも、委員長は述べた。
それでも欧州委員会は、EUのビジネス業界を保護すると約束している。EUにはドイツの自動車産業やイタリアの高級品、フランスのワインやシャンパンの生産者など、特に大打撃が予想される業種がいくつもある。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は3日夜、国内ビジネス界の代表者たちと緊急会合を開いた。
EUは世界最大の単一市場だ。アップルやメタなど「ビッグ・テック」と呼ばれる巨大IT企業を含むアメリカ製品やサービスを対象に対抗措置を発動すれば、アメリカを苦しめることはできる。
ただ、EUの狙いは、今の段階で厳しく対応することではなく、トランプ氏を説得して交渉に持ち込むことだと、E関係者は言う。
イタリアのジョルジャ・メローニ首相は2日夜、EU製品への相互関税は「間違っている」としつつ、アメリカとの合意実現に向けて、あらゆる手を尽くすつもりだと述べた。
中国首脳にとって関税は「贈り物」
スティーヴン・マクドネル中国特派員
アメリカが輸入する中国製品に対する54%の関税は、間違いなく巨額だ。米市場に売り込もうとする中国企業にとって打撃となることは疑う余地もない。
中国政府による対抗措置も、巨大な中国市場に参入しようとするアメリカ企業に打撃を与えるだろう。
だが、トランプ氏のこうした動きはある意味で、習主席への「贈り物」とも言える。
習氏は中国を、自由貿易の擁護者として、そして多国間制度の支持者としてみせようとしている。対照的に、もう一方の経済大国アメリカは、自由貿易と多国間制度の両方を切り捨てていると受け止められている。
習氏は先週、欧州を含む国際的な大企業の最高経営責任者たちと会談したばかりで、そこでは同氏が目指すイメージが明確に示された。トランプ氏率いるアメリカは「混乱、貿易破壊、自国利益優先」の国だが、習氏率いる中国は「安定、自由貿易、国際協力」の国だと、アピールしたのだ。
中国政府はすでに、国営メディアを動員して、トランプ政権の新しい関税措置を攻撃している。
世界の現状について、中国共産党の解釈に賛成しない人はいるかもしれない。しかし、トランプ氏が今回の関税のような措置を取るたびに、習氏は「中国=安定、自由貿易、国際協力の国」というイメージを世界に売り込みやすくなる。
そして、経済的な必要性から、多くの国が中国に接近し、アメリカから距離を置くようになるかもしれない。
(編集部注:中国政府は4日、トランプ政権による関税への対抗措置として、アメリカからの全輸入品に34%の追加関税を10日から課すと発表した。中国財政部(財務省)は、中国製品へのトランプ政権の関税は、「国際貿易のルールに則ったものではない」と批判している。さらに中国商務省は、トランプ政権による関税は世界貿易機関(WTO)の規則に「深刻に違反する」もので、「規則に則った多国間の貿易体制と国際経済・貿易秩序を損なう」として、WTOに提訴した)
安心したが喜んではいないイギリス
クリス・メイソン政治編集長(ロンドン)
イギリスの政府関係者は、自分たちがトランプ政権にとっての「悪者陣営ではなく味方陣営にいる」という感覚を持ってはいたものの、それが具体的に何を意味するのか事前にはまったく分かっていなかった。
しかし、答えは出た。イギリスの対米輸出に10%の関税が課されるのだ。
閣僚の間には安堵(あんど)の気配が感じられるが、決して喜んでいるわけではない。イギリス自身に課された関税は重大な影響を及ぼすし、イギリスの貿易相手国に課された関税も、今後数週間、数カ月、数年にわたり、雇用、産業、世界の貿易の流れに深刻な影響を与えるだろう。
ある政府関係者の言葉を借りると、これは「非常に混乱を招く」ことになる事態だ。
特に政府関係者は、自動車産業への影響を注視している。
アメリカとの通商協定交渉は続いている。イギリスの交渉チームはアメリカ側と「かなり突っ込んだ」やりとりをしている最中だという。消息筋によると、今はまだリモートでの会話だが、協定の署名が近づけば、イギリスの交渉チームはワシントンに向かうつもりだそうだ。
インドは懸念、一部の分野に希望も
ニキル・イナムダー、インド・ビジネス編集委員(デリー)
トランプ氏が打ち出した新しい関税で、最も打撃を受けるのはアジア各国の経済だ。アメリカ国民は、ヴェトナムからの輸入品に対して46%の税金を、カンボジアからの輸入品には49%の税金を、それぞれ支払わなくてはならなくなる。
これと比較すると、インドはましなほうだ。
しかし、一律26%の関税率は依然として高く、主要な「労働集約型輸出品」に深刻な影響を及ぼすだろうと、コンサルタント会社「アジア・ディコーディド」のプリヤンカ・キショアー氏は言う。
すでに経済成長が停滞している今、「これが内需と国内総生産(GDP)に連鎖的な打撃を与える可能性が高い」というのがキショアー氏の見立てだ。
ただし、インドの電子機器輸出は、恩恵を受けるかもしれない。ヴェトナムなどライバル国への関税の方が高率なため、貿易ルートが変更される可能性があるからだ。
とはいえ、トランプ氏の関税がもたらす全体的なマイナス成長の影響を和らげることには、おそらくならない。
カナダ、メキシコ、EUの姿勢と異なり、インドは今のところ、トランプ氏をなだめようとする方向で動いており、アメリカとの2国間協定を模索している最中だ。今回の関税がインドによる報復の引き金となるのか、注視される。
インド最大の産業輸出分野で、年間約130億ドル(約1兆9000億円)相当を輸出している製薬業界は、ほっと胸をなで下ろしていることだろう。今回の「相互」関税の対象に、医薬品は含まれていないからだ。
南アフリカは反撃、アフリカ援助削減の中
ウィクリフ・ムイア記者(ナイロビ)
トランプ氏の「相互関税」は、アフリカの数十カ国を対象にしている。税率は、南アフリカが30%、レソトは50%などとなっている。
アフリカではすでに多くの国が、アメリカの対外援助削減に苦しんでいる。アメリカは不安定な国々に対し、医療や人道支援を提供していた。
南アフリカは、ナイジェリアやケニアなどアフリカ大陸における他の経済強国と同様、かねてアメリカと開かれた貿易協定を維持してきた。そのため、新しい関税は、既存の経済協力関係に大きな影響を及ぼす可能性がある。
南アフリカは、アメリカが「特にひどい」と位置付けた複数の国のひとつ。トランプ政権が「特にひどい」と呼ぶ国々に対しては、不公正な貿易政策への仕返しに高率関税をかけるのだというのが、今回のアメリカの方針だ。
「南アフリカではいろいろ悪いことが起きている。アメリカは何十億ドルも向こうに払っているのに、南アフリカで悪いことがたくさん起きているので、支援をカットした」とトランプ氏は言い、他の国々についても批判を続けた。
南アフリカ大統領府は声明で、新しい関税を「懲罰的」と非難。「貿易と繁栄の共有に対する障壁となり得る」と述べた。
(英語記事 Punitive or a gift? How five big economies see new Trump tariffs / China to impose additional 34% levy on US goods in retaliation for Trump's tariffs)