2025年12月5日(金)

未来を拓く貧困対策

2025年5月14日

状況の深刻さを示す「市民からの証言」

 第三者委員会は、25年1月に情報提供を募り、集まった100件を超す証言の概要を3月半ばに公表した(『桐生市生活保護業務の適正化に関する第三者委員会からの報告書』)。

 アンケート結果については、朝日新聞で長く貧困問題の調査報道を続ける清川卓志論説委員が記事を執筆している。記者の手が入っているので、こちらのほうが読みやすい(朝日新聞「利用者を「あいつらはくず」 生活保護窓口の闇、役所内からの証言も」)。

 筆者も、第三者委員報告書が公開された時点でアンケートの内容も読んでいたが、記事を読むことで、改めて状況の深刻さを痛感した。ここでは3つだけ市民からの証言を紹介する。

 なお、アンケートにある「CW」とは、ケースワーカーの略称であり、生活保護を担当する行政職員を指す。

  2週間に1度、生まれたばかりの子どもを連れて窓口に出向き、家計簿を提出して、保護費を取りに行っていた。家計簿が1円でも合わないと怒鳴られた。眼鏡を購入した際に、「これは税金ですよ」と怒鳴られた。CWが家を訪問した際、勝手に冷蔵庫を開け、「どんな生活しているんですか」と言われた。
  県内の他市の高校へ子どもが通学していることについて、CWから「遠くの高校に通うのは、頭がおかしいのでは」と暴言を言われた。
 母子世帯で県外で生活保護を受けていた。桐生市へ転居して生活保護申請をしたが、CWから前のところに戻るよう圧力をかけられた。さらに家族全員の顔が見たいと言われ、子ども全員を窓口に連れていくことになった。

 桐生市で権利侵害のターゲットにされたのは、自分では権利を主張することができない「子どもたち」である。わざわざ市役所まで子どもたちを連れてこさせ、その面前で母親に恥をかかせ、みじめな思いをさせ、その心を折る。生活保護の窓口に足を運べないように心理的に追い詰めるには、これ以上ない効果的な手段である。

 桐生市で生活保護を利用する母子家庭は、10年間で13分の1まで減少している。生活保護を利用できなくなった母子家庭が、いまどのような生活をしているのか。記事執筆時点では、追跡調査は行われていない。

 研究者という立場で生活保護制度に携わる者として、こうした事態を防ぐことができなかったことを申し訳なく思う。守れなかったことを、子どもたちに謝りたい。

もう一つの特異点

 桐生市事件はメディア各社が報道を続けたことにより、その問題の根深さが社会の中でも知られるようになってきた。

 しかし、もう一つ、見逃してはらならない特異点がある。

 再度、厚労省の資料に戻り、その内容を確認してみよう。権利侵害として掲げられているのは、(1)一部の実施機関における保護費の支給に関する不適切な取扱い、(2)保護の相談・申請時および廃止時の不適切な取扱い、(3)職員による事務け怠等の不祥事の3点である。

 このうち、(1)(2)は桐生市事件を念頭に置いたものである。それでは、(3)職員による事務け怠による不祥事とはなにか。実は、24年1月に、従来の福祉事務所の常識を覆す判決が名古屋高等裁判所から出されている。それは、「申請主義の壁」の崩壊を意味する。

 次回は、原告側の代理人として裁判を争った弁護士のインタビューから、問題の核心に迫っていく。

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