2025年6月17日(火)

日本のコンテンツ

2025年5月20日

エンタメの歯車をまわす
巨大なエンジン

 日本のエンタメはかつてない大波にのせられて、現在は〝イーストブルー〟から飛び出したばかりの小さな一党にすぎない。まだ個々のクリエイターや企業が各自のできる範囲で、少ない海外人材をあてにしながら、少しずつ拠点展開、アライアンスを模索している状態だ。

 朗報は23~24年のこうしたムーブメントを経て、行政のみならず周辺産業の目が一気にエンタメに向かっていることだろう。サイズ感の小ささに10~20年前に撤退したはずの大手総合商社は軒並みエンタメの事業部を立ち上げ、投資に乗り出している。たった1年で20~30人規模のチームを新設してしまった商社すらある。大手銀行やコンサルティングファームにもエンタメ専業チームができ、コンテンツファイナンスの仕組みを模索しており、不動産・鉄道・商業施設といった、かつてはアートや興行で名をはせた企業群も、「推し」や「VTuber」といったトレンドワードに向けて展開を支援し、提携も進んでいる。メディア各社もかつてはニッチで視聴がとれないとされたこのジャンルで特集号を組むなど取材網を広げている。

 こうしたコンテンツの「周辺」の領域にいる人々はマンガやアニメが描けるわけでもゲームや映像を開発できるわけでもない。しかし、これまでの日本の弱点は、まさに生み出された作品に対して、流通し、広げようという「周辺」こそが足りていなかったといえる。

 〝日本の宝〟ともいえる日本のマンガの50万作以上の中で、英語翻訳されているものは、いまだ1万作にすぎない。大手4大マンガ出版社の小学館・集英社・講談社・KADOKAWAをしても、月100作程度ずつであり、現状のままでは100年かかってもこの〝宝の山〟のローカライズは終わらない。

 『進撃の巨人』や『呪術廻戦』にしたってあれだけの人気に、マーチャンダイジングといわれるMD・グッズの海外展開は限定的だ。都心のショップにアクセスしにくい米国地方部では、年1回のアニメエキスポに長距離出張をして数十万円分、友達のものまで買い込む、というのが〝一般的な消費形態〟である。

 一つの商品をデジタルの映像やゲームだけでなく、コレクションや体験として届けるというのは本来、壮大なプロセスなのだ。

 日本の自動車産業の歴史が参考になる。米国市場に進出し始めた1960年代、日本車は品質や燃費性能の低さから〝レモン〟と揶揄されていたが、日本の自動車メーカーは製品力を磨き、オイルショックという追い風を経て日本車が米国市場に広がった。以降も81年には米国内の自動車産業がひっ迫されることを懸念したレーガン政権下で輸入規制が検討され、日本は自主規制に追い込まれた。さらに、85年のプラザ合意による円高で輸出が困難になったこともあったが、こうした間に日本企業は着実に米国での現地生産・製造を始め、リテーラーとの流通網を含めて整備し、米国での信頼を勝ち得ていった。

 これから40~50年間といった長い長い戦いが、エンタメ業界にも待ち受けているだろう。数十人、数百人といった天才作家・監督を擁するクリエーション部分で生み出されたものの本当のポテンシャルを開花させるのは、届けて広げるディストリビューション部分に存在する数万人、数十万人の「周辺」の人々だ。

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Wedge 2025年6月号より
日本のコンテンツが世界へ羽ばたく時
日本のコンテンツが世界へ羽ばたく時

日本のマンガやアニメに向けられる視線が熱くなっている。世界での熱狂を背に、政府は「新たなクールジャパン戦略」として、コンテンツ産業を中核にすえた〝リブート(再起動)版〟を示した。ただ、人々を魅了するコンテンツはお金をかければ生まれるものではない。今度こそ「基幹産業」として飛躍するために、必要な戦略を探ろう。


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