2025年12月6日(土)

プーチンのロシア

2025年5月16日

トランプが要求取り下げ

 空気を決定的に変えたのが、その2日後の26日に、ローマ教皇フランシスコの葬儀前にバチカンで行われたトランプ氏とゼレンスキー氏の会談だ。2月末のワシントンでの会談で決裂した両首脳は、サンピエトロ大聖堂内で15分にわたり会談し、ゼレンスキー氏は「多くのことを一対一で議論できた」と評価した。

 あわせて、マクロン、スターマー両氏を交えて4人で会話する姿も報じられた。直前まで、和平案をめぐり意見が大きくずれていた米国と欧州、ウクライナだったが、大きく歩み寄った印象を与えた。

 そして30日、米国とウクライナは急転直下で、2月に首脳会談決裂で宙に浮いていたウクライナ国内の天然資源開発をめぐる経済協定に署名したと発表した。

 米国とウクライナが50%ずつ出資して基金を創設し、その基金を活用して地下資源などを開発。そこから得られる収益の50%を、さらにウクライナの復興の資金として積み立てる内容だ。ウクライナ側が求めていた、米国による安全保障の確約は含まれなかったものの、協定はすべての資源の所有権はウクライナにあると認め、採掘する場所や内容はウクライナが決定するとした。

 最大のポイントは、これまでトランプ政権が要求していた、米国が提供してきた軍事・経済支援に相当する金額をウクライナに対する「債務」とみなし、その額を回収するとしていた方針を取り下げたことだ。米政権は今後実施される支援に対してのみ、基金の収益から回収することになる。

 これにより、ウクライナは巨額の債務から逃れることができただけでなく、今後も継続的に米国から軍事・財政支援を取り付ける道筋ができたことになる。さらに、ロシアを軍事的に支援した国はこの事業からの利益を得られないとし、中国の参加を事実上、排除した。

 ウクライナはウランや石炭、鉄鉱石のほか、リチウムやチタンなどのレアメタル(希少金属)を豊富に有し、世界の重要資源の約5%がウクライナにあるとされる。その価値は14兆ドルを超えるとされる。

 もちろん、そのような資源がそのままウクライナが保有する資産だと考えることはできない。資源を有していても、それが商業的に採掘可能なものであるかは別の問題で、さらに鉱物資源が集中するウクライナ東部のドンバス地域は、ロシア軍の占領下にある。

 また、報道によれば協定の対象となるのは新規の開発のみとされるが、地下資源の新規開発は、実際に収益を生むまでに長い年月がかかるのが実情だ。そのため合意は、米国を引き留めたいウクライナと、就任100日を経て支持率の低迷が伝えられるトランプ政権が、国民に対し米国がウクライナ和平に関与しているとの姿勢を示すための政治的な思惑があるとも指摘される。

 それでも、ロシアへの接近を続けていた米トランプ政権を、自国に引き付けることができた意義はウクライナのゼレンスキー政権にとり極めて大きい。プーチン政権はウクライナに対し、直接交渉を呼びかけたが、プーチン氏はトルコでの交渉に姿を見せることはなかった。

 プーチン氏は過去の交渉でもそうであったように、自国が十分に有利な条件が生まれない限りは、自身が交渉に乗り出すことは考えにくい。直接交渉の提案は、「われわれは停戦に向けて交渉を行っている」と世界に強調しながら、ウクライナや欧州各国の足並みを乱す狙いがあったとみられている。

 いずれにせよ、戦場、交渉の双方でウクライナを圧倒しようとしたプーチン政権の思惑は大きく後ろずれした。追いつめられていたウクライナは、踏みとどまることに成功した。

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