山本:当事者の気持ちを想像することはできても完全に理解できているとは言えませんね。
木村:その立場になってみないと分からないことがありますよね。先生たちに無理やりプールに放り込まれたものの、水が怖くて怖くて仕方がない私は、プールを飛び出して水着のまま走って家に逃げ帰りました。その姿をばっちり見られていたから、後日「泰子ちゃんは水を滴らせながら走っていた」と近所中の噂になってしまって(笑)。
一つの問いが救ってくれた
山本:そんな行動を取るくらい、子ども時代の泰子さんにとっては恐ろしい体験だったんですね。
木村:まさしく。そうやって必死で逃げ帰ったものの先生たちが追いかけてきて、私はまたプールに連れ戻されました。でも今度は少し違ったんです。1人の先生が「小杉はなんで水が怖いんだ?」と聞いてくれました。
「水に顔をつけるのが怖い」と答えると、「それなら顔に水がつかないように絶対に守ってあげるから、安心してプールに入ってごらん」と言うんですね。そうして私と一緒にプールに入り、私の首をつかんで一緒に歩くような姿勢で「上を見てごらん、ゆっくり足を動かして歩いてごらん」と声をかけ続けてくれました。何とか25メートル進んだら、「よし! これで25メートルだから、小杉はもう二度とプールに入らなくていいよ」と。
山本:なるほど。「どうして水が怖いの?」と問いかけてくれる先生がいたことで、泰子さんは一歩を踏み出すことができたんですね。「水が怖いんだね」という問いではシンパシー(同情)で不十分。そこから相手の立場に立ってみるエンパシー(共感)な問いを意識することが大切ですね。
木村:はい。私たち教員がやるべき子どもたちの問いかけは、まさにこれだと思うんですよね。「あなたは何が怖いの?」「何が嫌なの?」という問いかけ。
私とまったく同じではないけれど、学校には日々の暮らしの中で本当に困っている子どもたちがいます。大空小学校の校長を務めている時には、授業中に教室を飛び出していく子どもから「先生は、椅子に座っていたら死んでしまうと思う気持ちが分かる?」と聞かれたことがありました。そこで私は「分からへんから教えて」とお願いしました。
するとその子は「椅子に座ると息ができない気がする。だから床に座ったり教室を出て行ったりする」と。この時に私は、自分の子ども時代のプールのことを思い出したんです。1つの問いかけで私を救ってくれた先生のことも。
