マプチェ族女性活動家フリア・チュ二ルを取り巻く政治的背景
彼女の話を手掛かりにネット情報を整理してみると、行方不明事件の背景に先住民政策に関するチリ政界の右派と左派の大きな対立があるようだ。
フリア・チュニルは1952年生れの73歳。マプチェ族が伝統的に生活圏としてきた土地や森林の権利を訴えてきたマプチェ族コミュニティーの代表的な活動家。
本稿第4回(『チリ中南部の先住民・マプチェはどこに消えたのか?彼らを待ち受けていた受難、サーカスの見せ物にも…現代まで続く差別と抑圧の闇』)にて述べたように、19世紀後半から今日まで先住民の生活圏である土地・森林・水資源は白人社会・産業資本により奪われてきた。さらにピノチェト軍事政権時代の1984年に成立した反テロ法により、マプチェ族の抵抗運動そのものが封殺された。
1990年以降民主政権になるとマプチェ族は土地・森林・水資源の所有権・利用権の回復を要求するキャンペーンを始めデモ・占拠という実力行使にいたるケースも頻発。フリオ・チュニルは近年ではマプチェの権利回復運動の象徴的存在となっていたようだ。
左派はマプチェ族の運動に理解を示し、ボリッチ大統領は選挙公約の一つとして“先住民への土地の返還”を掲げ、左派政党の憲法改正案でも“先住民の人権擁護”が謳われている。右派は白人社会の既得権益を擁護する立場である。
ちなみにニュージーランドでは、“先住民への土地の返還”は法制化された。先住民の土地所有権の訴えを審査して先住民の土地所有権が認められた場合には現在の土地所有者に政府が補償する仕組みが動き始めている。
フリア・チュニルが失踪することで利益を得る人々
フリアは二つの係争事案に関わっていた。一つはマプチェ族コミュニティーが占拠している土地を巡って、登記上の土地所有権を主張する地元有力者との係争。マプチェ族が伝統的に暮らして来た地域では、マプチェ族と白人土地所有者との間で同様の係争が近年増えている。
もう一つは、900ヘクタールの広葉樹原生林の保護を求めるマプチェ族と森林伐採を進める事業者との間の係争。チリ南部の広葉樹原生林は、マプチェ族が伝統的に生活圏としてきた。チリ南部では、マプチェ族と白人森林所有者・事業者の間で係争が散発している。
広葉樹は建築資材としては不向きで木材としての価格が安い。しかし、粉砕してウッドチップにすると、製紙原料として先進国へ輸出して外貨を稼げる。現在ウッドチップはチリの重要輸出産品となっている。日本が最大の輸入国であり、次いで米国となっている。
輸出業者、集荷業者、伐採業者は伐採が滞れば収入源がなくなり、投下資本を回収できず労働者は失業する。マプチェ族の抗議にも関わらず、森林伐採を急ぐ事情がある。
フリア・チュニルが失踪することで利益を得る人間が少なからずいるようだ。
