2025年7月13日(日)

未来を拓く貧困対策

2025年6月30日

これから国はどう動くのか、想定される3つのシナリオ

 最高裁判決を受けて、国はどう動くのか。想定されるシナリオは3つある。各社の報道を素材としながら、具体的な動きを考えてみよう。

(1)判決の影響を最小限に抑える

 読売新聞が報じたように、最高裁判決が指摘したのは、「プロセスの問題」である。不適切な統計手法を用いて、生活保護基準部会の意見を聞かずに保護費の引き下げを行った。引き下げの多寡ではなく、手続きが問題になっているのである。

 ならば、取り消された決定に対して、改めて「適正な手続き」で基準額の算定をし直せばよい。その結果、「基準額は当初のものと変わらなかった」「基準額の誤りはあったが、その金額はわずかなものだった」ということもありうる。

 もちろん、再検証には時間がかかる。22年12月9日を最後に凍結状態だった生活保護基準部会は、6月24日に久しぶりに会議が開催された。すでに構成メンバーも公表されている(第52回社会保障審議会生活保護基準部会資料)。

 このシナリオが採用された場合には、生活保護基準部会の構成員の一挙手一投足に注目が集まることになるだろう。そして、時間をかければかけるほど、国に対する批判が高まることも想像に難くない。

(2)判決を受け止め、早期の決着を図る

 手続きを簡略化して早期決着を図る方法もある。日経新聞が報じた政治判断による特措法の制定である。「救済と謝罪」を優先し、同時並行で再検証を進めていくことになる。

 この場合、具体的な事務手続きをどうするのかという難題に政策担当者は頭を悩ませることになる。ハンセン病問題のように、一律の一時金で救済というわけにはいかない。

 生活保護費の算定には複雑なルールがあり、毎年のように基準額も変わっている。その計算を誰がするのか。自治体に丸投げをしようとすれば、地方からの反発は避けられない。かといって、厚労省の人員に余裕があるわけでもない。

 さらに、財源問題も無視できない。いうまでもなく、原資は税金である。金額が膨らめば国民感情を逆なでし、「生活保護バッシング」の再燃を招く可能性もある。

(3)判決を教訓として、政策の転換を図る

 悲観的な2つのシナリオに対して、今回の判決を政策転換のきっかけとして生かしていく道もありうる。生活保護基準は、保育料をはじめ、介護保険料の減免、難病法に基づく医療費助成など他の制度の「目安」として使用されている。影響が及ぶ制度の数は、47にも及ぶ(厚労省「生活扶助基準の見直しに伴い他制度に生じる影響について」)。

 引き下げにあたっては、一定の配慮をすることとされた。しかし、それがきちんと実行されたかを検証してはいない。

 また、こうした制度の一覧には掲載されていないものの、生活保護基準とのバランスを考慮しなければならないものがある。

 代表的なものが、「最低賃金」である。07年11月に成立した改正最賃法は、「最低賃金と生活保護の逆転現象」解消を目的として同条9条3項が新設された。

最低賃金法
(地域別最低賃金の原則)
第9条 賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障するため、地域別最低賃金(一定の地域ごとの最低賃金をいう。以下同じ。)は、あまねく全国各地域について決定されなければならない。
2 地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない。
3 前項の労働者の生計費を考慮するに当たつては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする。

 この条文を素直に読めば、生活保護が1割減額されていたのであれば、それは、最低賃金もまた1割少なかったというロジックが成り立つ。つまり、今回の最高裁判決は生活保護利用者だけでなく、最低賃金ぎりぎりで働く労働者にとっても、影響を与えうるのである。

 もちろん、これは最高裁判決が示したものを超える概念である。しかし、今回の判決を奇貨として、「現在の最低賃金の水準は妥当なものなのか」を問うていくことはできる。

 そして、その検討と実施のプロセスを通じて、『生きること』に寛容な社会を築くことができるかもしれない。

そして、選択は再び国民の手に戻る

 報道各社のスタンスには違いがある。しかし、今回の最高裁判決は妥当と報じていること、国は判決を受けて速やかな問題解決を図るべきとする点は共通している。「生活保護バッシング」が吹き荒れ、制度の引き締めが叫ばれた時からは隔世の感がある。

 これから、3つのシナリオのうちどれが選択されるのか。それとも新たなシナリオが描かれるのか。国政選挙を間近に控え、国民にどのような選択肢が示されるのか。舞台は司法から政治に移ることになる。

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