2025年12月5日(金)

終わらなかった戦争・後編サハリン

2025年8月1日

 過去においては、収容所の関係者が虐殺や拷問に直接関与したことが立証できない場合、有罪判決を免れる例が多かった。だが近年、ドイツの裁判所が法解釈を厳格化し、虐殺や拷問に直接加わらなかった者にも有罪判決を下すようになった。15年にはアウシュビッツ強制収容所の会計係だった男性(判決時94歳)が、禁錮4年の実刑判決を受けた。

 ドイツの裁判所は、ナチスの犯罪については基本的に集団の罪ではなく、個人の罪を問う。つまり裁判所は、「被告は強制収容所で大量殺人が行われていることを知った時点で、仕事を放棄して、直ちにその場から去るべきだった」と主張する。たとえ事務作業だけでも、強制収容所の機能を維持するための仕事を続けたことは、殺人幇助にあたるというのが、今日のドイツの司法界の常識だ。「上官に命令されたからやった」という弁解は通用しない。

ナチスによる虐殺現場を訪れたドイツ市民(TORU KUMAGAI)

政府と企業が被害者に
13兆円を超える補償金

 西ドイツ政府は1953年に施行させた連邦補償法(BEG)に基づき、強制収容所に拘束されて健康被害を受けたユダヤ人、親衛隊軍医による人体実験の被害者、ナチスに財産を没収されたり、ユダヤ人ボイコットのために職業を失ったりした市民らに対する補償金の支払いを開始した。戦後イスラエルや米国に移住したユダヤ人たちからの補償申請数は約438万件に達し、そのうち約201万件について補償が認められた。連邦財務省によると、53年から2024年末までに連邦政府、州政府などがナチスによる犯罪の被害者たちに支払った補償金の総額は、853億6100万ユーロ(13兆6578億円・1ユーロ=160円換算)にのぼる。被害者向けの年金は、彼らが生きている限り支払われる。

 この金額には、企業からの補償も含まれている。フォルクスワーゲンやジーメンスなどのドイツ企業は強制収容所に収容されていた被害者たちを、兵器などの生産のために働かせた。このため00年には、約6500社のドイツ企業が強制労働の被害者に補償金を払うために、「記憶・責任・未来財団」(EVZ)を創設。

 これらの企業は政府とともに51億ユーロ(8160億円)の資金を拠出し、イスラエルやロシア、東欧などに住んでいた強制労働の被害者を中心に、約167万人に補償金を支払った。

 多くのドイツ企業は歴史学者に委託して、自社のナチス政権との関与について調査し、その結果を書籍として公表している。ドイツ政府や企業にとって、歴史との対決の動機は、一義的には道義的責任である。だがこの努力は、旧被害国から批判された時に「我々は負の歴史から目をそらさず、能動的に向き合っている」と反論するための、〝リスクマネジメント〟でもある。


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