トランプの「アンカリング」
今回の日米関税交渉の日本側の交渉人は赤沢であるが、米国側はラトニック、スコット・ベッセント財務長官、・ジェイミーソン・グリア通商代表部(USTR)の3人であった。彼等は、トランプの意向に沿った交渉を進めていたのは明らかだ。
トランプはどのような交渉戦術を用いていたのか。トランプ流の一流の「脅し」や「駆け引き」があるが、ここでは戦術について述べてみる。
交渉戦術の1つに「アンカリング」と呼ばれるものがある。この交渉戦術は、交渉の初期段階で相手に先んじてオファーや数値を示し、自己に対して有利な結果を導くものである。オファーおよび数値がアンカー(船の錨)となり、交渉は「固定」され、先手を打った交渉者は交渉を有利に運べる(アンカー効果)。
今回の日米関税交渉を振り返ってみよう。トランプは4月2日、関税交渉に入る前にホワイトハウスのローズガーデンで、ラトニックが用意したボードを見せながら、日本や韓国を含めた多数の交渉相手国に対する個別の相互関税率を発表した。
この段階で、米国の交渉相手国は、トランプが提示したアンカーに固定され、主導権を握られたのだ。日本側は、なぜ日本に対する相互関税率が24%なのか、他国に課せられた関税率と比較しながら分析を行った。
赤沢は撤廃という対案を出したが、米国側は24%を基準に、アンカリングによる交渉力を強化していった節がある。それは、ラトニックが「(24%から)15%まで下がった」という発言から分かる。
トランプの「エニグマ」
アンカリングの他に「エニグマ」というトランプの交渉戦術も、これまでの種々の交渉から浮かび上がってくる。
米有力紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)が、トランプが好んで使う言葉を分析した結果、その中に「エニグマ(謎めいた人物)」があることを発見した。彼は1990年に出版した著書「Trump: Surviving at the Top」の中で、米国のプロボクシング・プロモーターのドン・キング氏をエニグマと呼び、「彼は常に人々を少し不安定な状態に置いておくのが好きだ。というのは、それが大抵の場合、自分に有利に働くからだ」と述べている。また、トランプは「ドンはエニグマであることを楽しんでいる」とも書いている。
このトランプの記述に、彼の交渉戦術を理解するヒントがある。
トランプが突然、貿易相手国に対して、相互関税措置を発表し、主として同盟国と友好国の人々を不安定な心理状態に追い詰めたのは事実だ。交渉相手国を翻弄すれば、ディールのアドバンテージになるとみているからだ。
トランプは交渉において、エニグマになることを意識し、同盟国や友好国の人々が相互関税措置の対策に振り回され、戸惑っている姿を見て、楽しんでいたのではないだろうか。
