2025年12月5日(金)

トランプ2.0

2025年8月8日

 米国では、故ジェフリー・エプスタイン元被告(以下、初出以外敬称および官職名略)に対する関心は一向に薄れない(「トランプを悩ます亡霊―資産家ジェフリー・エプスタイン氏をめぐる陰謀論について」を参照)。ドナルド・トランプ米大統領は、関税収入により米国は豊かになるとアピールしている。

 こうした中、トランプは、バラク・オバマ元大統領が生成AIで操作された偽動画で逮捕されるというショッキングな映像を、自身のSNSにリポストして拡散した。また、トランプは、自身がパトカーを運転し、他のパトカーと一緒に、オバマが運転する車を追いかける写真もリポストした。

 一般の人であっても、その意図を察することはできるだろう。以下では、このトランプの基礎的なことを押さえる。

 その1つは、トランプが、岩盤支持層が強固であれば、政権を維持できると考えている。つまり、彼らを説得させれば良い。

 その岩盤支持層には、白人至上主義者が少なからずいる。

 さらに、トランプは、有罪判決を受け、大統領退任後、量刑が言い渡されることになっている。そこで、オバマを犯罪者の立場にしたいのだ。

 以下で、より詳しく説明していこう。

(Malte Mueller/gettyimages)

陰謀論VS.新たな陰謀論

 エプスタイン事件を封じ込めることができないトランプは、オバマが「反逆罪的な陰謀」を企てたと喧伝している。

 トランプは、ロシアが2016年米大統領選挙に介入し、票を操作して、彼を助けようとしたという「ロシア疑惑」は、オバマが捏造したものであり、トランプ勝利の合法性を損ねたと激しく非難している。彼は、自身のSNSに「犯罪者は大きな代償を払わなければならない」と投稿した。

 加えて、彼は、オバマが米国民を欺き、トランプ政権を覆すためにクーデターを画策したので、このオバマの行為は「国家反逆罪」に相当すると結論づけ、米国民はエプスタイン事件よりも、この「事実」に焦点を当てるべきであると主張した。

 ちなみに、2021年1月6日の米連邦議会議事堂襲撃事件では、反トランプ側とトランプ側の人々は、国家反逆罪か愛国者の過激な行動かの対立構図で語っている。

 エプスタイン事件を巡って、トランプを熱狂的に支持するMAGAたち(マガ Make America Great Again米国を再び偉大にする運動の支持者たち)の間には、エプスタインの死は自殺ではなく他殺であるという陰謀論や、トランプ政権が少女を含めた性的人身売買に関するエプスタインの「顧客リスト」を隠しているといった陰謀論が存在する。

 英誌エコノミストと調査会社ユーガブの全国共同世論調査(7月25~28日実施)によれば、「政府はエプスタイン事件に関連する証拠を隠していると思うか」という質問に対して、全体で67%が「はい」、12%が「いいえ」、21%が「分からない」と回答した(図表1)。2024年米大統領選挙でトランプに投票した有権者に限ってみると、50%が「はい」、21%が「いいえ」、29%が「分からない」と答えた。

 同調査では、トランプとエプスタインとの関係について聞いたところ、全体で43%が「非常に近い友達」、15%が「友達であるが近くない」、24%が「知人」、2%が「他人」、1%が「敵」、15%が「分からない」と答えた。米国民の58%は、トランプとエプスタインは「友達」と考えており、2人の関係を「知人」以上と思っている人々は82%になる(図表2)。

 米国では、トランプが手を叩きながら、エプスタインに親しく語り掛ける映像が繰り返し流されている。この映像を観れば、大抵の国民は、2人は友人とみなすだろう。

 これらは、トランプにとって不都合な数字である。そこで、トランプはエプスタイン事件に関する陰謀論に対抗するために、ロシア疑惑とオバマをリンクさせて、ロシア疑惑はオバマによるでっち上げであるという新たな陰謀論を創り上げた。

 トランプは「陰謀論VS.新たな陰謀論」という対立構図を描き、MAGAたちの目をエプスタインに関連する陰謀論から、オバマに関する陰謀論に逸らせようとしたのだ。

「MAGA再結束」の特効薬

 上記のトランプの主張を援護する生成AIで操作された1分弱のある動画が拡散している。

 動画は、トランプ集会で使用されるYMCAの曲をBGMに使って、ホワイトハウスの執務室でオバマとトランプが会談している場面から始まる。そこに突然、米連邦捜査局(FBI)の制服を着た2人の男女が現れ、床にひざまずくオバマに後から手錠をかける。その間、トランプはその様子を眺めながら笑い続けている。

 次に、場面は刑務所に変わり、オレンジ色の囚人服を着て、独房内でうつむきに座っているオバマのシーンに続いて、房の中に立つオバマが現れて動画は終了する。

 MAGAの共通の敵――オバマを利用して、エプスタイン事件で揺れ動くMAGAを、もう一度結束させる狙いがあると言える。


新着記事

»もっと見る