2025年12月5日(金)

トランプ2.0

2025年7月23日

左から、ドナルド・トランプと彼の恋人(そして将来の妻)である元モデルのメラニア・クナウス、ジェフリー・エプスタイン、そしてイギリスの社交界の名士ギレーヌ・マクスウェルが、2000年2月12日、フロリダ州パームビーチのマール・ア・ラゴ・クラブで一緒にポーズをとっている。(Davidoff Studios Photography /gettyimages )

 目下、米国民の関心を引き付けているのは、「エプスタインリスト」である。米資産家ジェフリー・エプスタイン氏(以下、初出以外敬称および官職名等略)が、少女に対する性犯罪で有罪となり、2019年8月独房で死亡した。その死を巡って陰謀説が出た。

 それは、エプスタインの顧客リストに王族から政治家、富豪、ハリウッドスターまで、いわゆるセレブを含むエリート層が載っており、そのために口封じ目的で殺害されたという説であった。

 この他殺説=陰謀論に関しては、独房内の様子を撮影した動画が存在し、ほぼ自殺説が確定された。尤も、この動画には60秒の欠落部分があると言う留保付きである。

 では、顧客リストはどうなったのか。そもそもリスト自体が存在するのか。司法当局は入手しているのか。

 エプスタインの仲介で買春をしていた顧客のリストの公開を巡って、ドナルド・トランプ米大統領を熱狂的に支持するMAGAたち(マガ Make America Great Again:米国を再び偉大にするという運動に賛同する人々)とパム・ボンディ司法長官の対立が先鋭化している。

 トランプとエプスタインは、1990年代から2000年初頭にかけて、親交があった。そのために、エプスタインの「顧客リスト」にトランプが載っているのかに全米の注目が集まっている。

 以下では、まずMAGA内で信じられている陰謀説の中核、「闇の政府(Deep State)」に焦点を当てながら、MAGAとエプスタインの問題について述べる。次に、エプスタインの顧客リストに関するMAGAの声と、最新の世論調査結果を紹介する。その上で、トランプがどのようにしてこの危機を乗り越えようとしているのかについて言及したい。

陰謀論のブーメラン

 トランプは2016年米大統領選挙において、「闇の政府」が存在し、それが情報を隠蔽してコントロールしているというストーリー(物語り)を喧伝し、MAGAたちの心を掴んだ。その結果、彼らは、自分たちに不利益なことや不都合な事態を、何であれ陰謀説に帰する傾向が強くなり、政府に「透明性」を求めるようになった。

 また、トランプは闇の政府を攻撃して、「沼の水を抜け(Draw the Swamp)」という掛け声で、MAGAたちを煽った。加えて、トランプは「反エリート」を掲げて選挙を戦った。

 筆者は2019年、南部フロリダ州オーランドでのトランプ集会に参加したとき、ある白人労働者A氏と出会った。雑談をする内に、父親は20代で亡くなったので、自分は父親のことをよく覚えていないと教えてくれた。父親は、ベトナム戦争に参加したと言うのだ。そこで、筆者が戦死したのかと尋ねると、彼は「違う」と答えて、こう付け加えた。

「父は帰国後、戦地でさらされた枯葉剤が原因で死亡しました。政府はそれを隠していたのです。これが正に闇の政府です」

 この労働者は、闇の政府の存在を強く信じていた。彼の言う闇の政府とは、いわゆる政府のことである。即ち、政府を都合の悪い真実を国民に隠す巨悪と捉えていた。MAGAの中には、彼のように政府自体を闇と思っている人もいる。

 トランプは「闇の政府」と「沼」を多用し、エリートを敵に、MAGAたちを自分の味方にして、彼らをコントロールしてきたのだ。

 ところが、エプスタインの「顧客リスト」に関して、MAGAたちは、トランプに都合の悪い反応を示した。政府とは別の闇の政府が、少女に対する性的犯罪に関与した有名人やエリートが載っているリストを隠していると考えており、トランプ政権に対してリストの公開を強く求めた。

 2016年米大統領選挙でトランプが、MAGAたちに植え付けた闇の政府の陰謀論が、約10年を経てブーメランのように返ってきて、トランプに向けられているのだ。エプスタイン事件をきっかけに、トランプこそが闇の政府であり、陰謀論の発信源であると見られる可能性は大いにあり、彼は今、その対策を迫られている。


新着記事

»もっと見る