そもそも、アラスカの米露首脳会談が実現したのは、トランプ政権が対露追加制裁を恫喝するに及んで、「ウクライナ軍の東部ドンバス地域からの撤退とルハンスク州とドネツク州全域割譲を条件とする戦線凍結案」をプーチン大統領が提案したことを契機とするが、ドネツク州のロシア軍の支配地域は約75%程度に留まっており、ロシア軍の制圧が及んでいない地域の割譲にまで、ゼレンスキー大統領が同意するはずもなかった。とりわけ、ドネツク州において、ウクライナ側が保持する残りの約25%(約6500平方キロメートル)には要塞化された重要拠点が多く含まれているとされる。
こうした一連の手練手管はプーチン大統領が得意としてきた「外交タクティックス」そのものといえる。ただし、それらは一見、深慮遠謀の末に選択されているようであるが、単なる短期的な戦術に過ぎないという見方が可能だ。
プーチン政権に対する批判的な論評により「外国のエージェント」に指定され、現在はロシア国外で活動するCarnegie Russia Eurasia Center研究員のアンドレイ・コレスニコフ氏は、自身の論考やインタビューにおいて、かねてから、「プーチン政権にとって戦略的思考は馴染みのないものであり、代わりに注力しているのは目の前の短期的な課題の解決ばかりだ」という見解を示してきた。
事実、プーチン大統領によるウクライナ全面侵攻は、当初の目的であったキーウ陥落によるゼレンスキー政権倒壊を実現できず、代わりに、①スウェーデンやフィンランドのNATO加盟により更なるNATO東方拡大が進み、②欧米諸国に科された巨大な経済制裁とともに欧州という巨大市場や西側ビジネスパートナーを喪失させ、③中央アジア・コーカサスといった旧ソ連諸国におけるロシアの影響力とプレゼンスを大幅に低下させるといった事態を招いてきた。そして何より、④プーチン大統領が「兄弟国」と位置づけるウクライナにおいて、ロシアへの敵意と不信は深く根付き、関係修復は極めて困難な状況にある。
見えてき継戦能力の限界
アラスカでの首脳会談に話を戻すが、ウクライナ侵攻から3年半にわたり、「貝のように自身の殻に閉じこもっていた」プーチン大統領の口から、ウクライナ戦争の「根本原因」と「終結に向けた条件」を説明させた功績はやはり大きい。米国のJ.D.バンス副大統領は、NBCテレビのインタビューに答えて、「ロシアがゼレンスキー政権を倒し、親ロシア派の傀儡政権を樹立することを断念したこと」「ロシアがウクライナに何らかの安全の保証が必要だと認めたこと」に言及しながら、過去3年半で初めて、ロシアが核心的な要求の一部で柔軟姿勢を見せたと総括した。
バンス副大統領が言うように、遅々としながらもウクライナ戦争は和平の道に向かっているとして、その帰趨はどうなるのか。
実現するかにみえたロシアとウクライナ両国間の首脳会談は、プーチン大統領が9月初旬、「応じる用意がある」が「最もふさわしい場所はモスクワ」とゼレンスキー氏の大統領としての正当性に疑問を呈しつつ、「会談の実施に意味があるかは疑問、主要な問題で合意することは事実上不可能だ」と東方フォーラムにて発言したことにより、実現に向けた勢いは大幅にトーンダウンしている。ロシアとウクライナ間の戦闘も継続されており、早期の和平実現を悲観する論調が主流だ。
もっとも、筆者は激しい消耗戦により両国の継戦能力は確実に落ちてきており、向こう1年半以内に終結に向けた何らかの重要な前進があるとみる。ロシアの軍事専門家によれば、目下、ウクライナ軍は約130万人が従事しているが、月平均で4万人の死傷者がでており、ウクライナの継戦余力は概ね1年半程度と予想している。ロシア経済も25年4~6月の国内総生産(GDP)成長率は1.1%に留まり、25年に入って明らかに景気は減速し、戦時経済モデルは限界に達してきている。
トランプ大統領は、「国家の安全保障」をもディールの一つと捉える。こうした過去に例をみない大統領でなければ、ここまで膠着したウクライナ戦争の打開は困難とする見方もまた一面の真理をついている。
※本文内容は筆者の私見に基づくものであり、所属組織の見解を示すものではありません。
