日本の花産業再興へでき得る3つのこと
生産と消費を含めた花産業を立て直すためには、いくつかの道が考えられる。
第一に、国産花の付加価値を高め、輸入との競争に埋もれないブランド化を進めることが考えられる。
前述のエフ・エフ・ヒライデは、25年6月に農林水産省が定める日本農林規格(JAS)を取得した。切り花JASは、消費者の強いニーズである「長持ちする切り花」を安定して届けるために18年12月に制定された規格で、輸入花との差別化も可能だ。
JASを取得した平出賢司氏は、次のように語っている。
「24年にオランダとイギリスの花の現場を見た際、国際的な認証(MPS:国際的に流通する花の取引で「環境配慮型の生産者」である証明やFSI:国際的な花卉産業の持続可能性推進イニシアティブ)が生産から流通小売りまでほぼすべてに実装されていた。取得するメリットを競うのではなく、生産者の責任として認証を取得しており、取得することで消費者への説明責任を果たしているように見受けられた。この姿勢が花業界全体に浸透しており、非常に強固な意志を感じた」
前述のフローラ花よしも「海外からの輸入花に比べると国産花は明らかに品質が良い」と評価している。国産花が環境に配慮されて生産され、「品質プラス日持ちも良い」との強いメッセージを消費者に発信することが求められている。
第二に、公共空間や教育現場での利用を増やし、花を「社会の必需品」として位置づけ直すことだ。
これは花の精神面のプラスの効果でも示したように、花を公共財のように位置付けていくことを行政も考えていくべきと思う。フローラ花よしでは、「お客様から花もちを良くする方法について相談を受けることもある。その方法を教えると、花が何日持ったと後日報告してくれて、いろいろな話が弾んだ」と、街の花屋が人々の貴重なコミュニケーションの場になっており、地域の広場のような役目も果たしているのだ。
花をきっかけにコミュニケーションが生まれるという価値も再評価されるべきだろう。
第三に、私たち一人ひとりが日常的に花を楽しむ習慣を持つべきと思う。まず、読者に街の花屋を覗いてみて、一輪でも良いので花を購入することを薦めたい。
冒頭の「日本に花は要らないのか?」という問いは、突き詰めれば「私たちはどんな社会に豊かさを求めるのか」という問いかけでもある。
たとえば、休日に山野を訪れ、鳥の鳴き声を聞く。近くの公園で草花を愛でる、公共の場や自宅で花を観賞する。このことは都会の喧騒とは対極にあると思う。
前述のオランダやスイスは意識的に花を取り入れた街づくりをしている。一方、日本には生け花という伝統的な文化が存在する。この日本固有の文化維持にも生花は欠かせない。食品といった必需品の消費だけでなく、花を観賞することで心のゆとりが生まれる。
花を愛でる文化が衰退する中で、私たちは心のゆとりや美意識をどこで育むのか。いま一度、花とともにある暮らしの価値を問い直すときではないだろうか?花を暮らしに取り戻すことが、社会の豊かさを取り戻す第一歩になるはずだ。
