フランスで暮らし、保育士となる
関東地方出身のAさんはフランスの首都・パリ周辺の公立保育園で、保育士として働いている。大学卒業後、都内のメーカーや商社で事務職として勤務。30歳の時、フランス人の夫と結婚して渡仏した。まずは育児に専念し、子どもの手がかからなくなってきた頃に本格的な就職を考え、フランスの保育系国家資格の一つ「幼児教育支援士(CAP-AEPE、 Accompagnement éducatif de la petite enfance)」を取得した。フランスは3歳から学校に通うので、この資格保持者は主に、0~2歳児の保育を担当する。
「成人してから渡仏し、フランス語も結婚後に一から学んだので、選べる職業はかなり限られていました。その中でも幼児教育支援士の資格は難易度が高くなく、中級程度のフランス語があれば、カリキュラムをこなすことで確実に取得できます。そのためか、この資格で保育士になる方は、フランス語を母国語としない人が多くいます」
養成期間は1年間で、14週間の実地研修が含まれる。子育てが落ち着いてリスキリングを考える女性たちには、人気の再就職先だそうだ。その理由を、「給与は高くないのですが」と前置きして、Aさんはこう語る。
「公立の保育園ですと、いくつかの手当やボーナスがついて、手取りが上がります。フランスでも外国人は公務員にはなれませんが、福利厚生や休暇制度は公務員と同じように利用できますし、そこに国籍による違いはありません」
Aさんはもう一つの理由として、フランスの保育士の働き方にも言及する。まず1日は8時間半勤務。勤務中には1時間の休憩に加えて、早番遅番それぞれに10分間の休憩がある。時に残業が発生するが、その分は別日の勤務時間で調整するか、残業代が給与に上乗せされ、サービス残業や自宅持ち帰りの作業はない。長期休暇は保育園自体が休園となる夏の4週間、年末年始の2週間、そして春と冬に1週間ずつ、同僚と持ち回りで取得する。
長期休暇はその取得が「雇用主の義務」であり、「100%消化」が労働法の原則だ。保護者も保育士同様、同じ時期に義務消化の休暇を取得するため、この点は社会問題にはなっていない。
日々の業務では、現場の保育スタッフと管理職の役割が明確に分かれている。たとえば現場担当は、紙仕事を一切せずに「子どもとの関わり」に集中できる。保育室の飾りなどにもなる制作物は「子どもが作るもの」であり、保育士が手伝いで手を出すことは「子どもの作品では無くなってしまう、子どもの自主性を阻害してしまう」と、NG行動にされる。
保育士はその給与の低さから人手不足が続いたが、特にそれが悪化したコロナ禍以降は、待遇の改善や研修の充実が図られている。保育士を目指し、働き続ける人々に共通する感覚は、「給料は低いが、休暇がしっかり取れる」「子どもが好きだから保育士になる、お金を稼ぎたいなら別の仕事を選ぶ」だとAさんは話す。
「同僚たちと、保育士はまだフランスで『下に見られている仕事』だよね、と話したことがあります。その一方で、『社会に必要とされている職業』『労働時間や休暇取得が遵守されて働ける仕事』の感覚も確かです。だからこそ外国人でも、フランス語を完璧に使いこなせなくても、資格を得て保育士になりたい、と思うのではないでしょうか」
同僚たちの関心は「子どもが安心安全に過ごせる保育」にあり、新人の資格保持者は最新の保育理論を学んだ人として、それをシェアしてほしいと前向きに迎えられる。年齢や立場によって、理不尽に差をつけられる文化はない。Aさん自身も保育士として働きながら、外国人であるハンデや差別を感じたことはないそうだ。
