ずいぶん前だが、知人が学芸員をしている美術館に挨拶を兼ねて訪れた折に、収蔵品を丁寧に「個別指導」してくれたことがあった。最初は「さらっと案内してくれるだけでいいのに」と思っていたが、一つひとつ説明を聞いているうちに作品の来歴や画風などがわかって面白くなってくる。
そのうち、近くで私たちのやりとりを耳にした他の来館者たちが私たちのそばに寄ってくるようになり、気がつくと時がたつのを忘れて、多くの来館者が解説を一緒に聞く構図になっていた。時間に関係なく作品に没入できる魅力が美術館にあることを知った自身の原体験でもある。
日本で人気を博していた美術展
本書は日本の美術展や展覧会の歴史についても教えてくれる。歴史的に世の中の記憶に残る美術展はいくかあり、1974年のモナ・リザ展などはその代表格であろう。
この時代に「美術は完全に大衆のエンターテインメントというポジションを獲得した」と著者は指摘する。美術展は戦後、長らく情報発信の中心にいた新聞社の主催が多く、今もその流れをくんで新聞社や放送局などメディアグループが絡むケースが多い。
さらに日本独自の方式として百貨店が会場を提供して開く展示も多くあった。近年は少なくなったものの、昭和、平成の時代は、デパート展は各地で人気を博し、人々に鑑賞体験を提供していたことは、ある年齢以上の世代なら記憶されている方も多いだろう。
さらに近年のSNSの普及・浸透も美術館に大きな影響を与えていることを本書は指摘する。広報戦略の効果的なツールとしてSNSを活用する美術館や、担当学芸員がライブ配信で展覧会を紹介するなど、あらゆる工夫でアピールする事例が紹介される。一般的な知名度が高いとはいえないアーティストの企画展に多くの人を呼び込んだ森美術館(東京)はその好例である。
