美術館を「フォースプレイス」に
そんな中で、本書で著者が最も強調したいとする部分は、終章で示される美術館に足を運ぶ意味は何かという一種の哲学的な命題である。「タイパ」「コスパ」が求められる風潮が広がる中、美術館を自分の中でどう位置づけたらよいかという視点で考える。
当然だが、美術館に行くのは時間もお金がかかる。それを理由に二の足を踏む人が多いのかもしれない。しかし本書に印象的な言葉がある。「時間は伸び縮みする」という表現である。著者はこう記す。
退屈な会議や授業は全然時計が進まないように感じるものですし、ゲームに夢中になるとあっという間に時間が経ってしまう。そんな経験は誰しもあるでしょう。そう、時間の進み方は遅くもなるし、速くもなるのです。これはタイパの概念を根底から揺るがす事実のはずですが、あまり注目されていません。
著者は時間の進みを遅くして余裕を生み出すことができれば、タイパの意識からも自由になれる気がするとして、それには美術館にいくのがいいと指摘する。
さらに美術館について「フォースプレイス(第4の場所)」という考え方も示す。「サードプレイス」という言葉はよく知られるようになり、「仕事や家族などと離れた第三の人間関係をつくる場所」という意味である。著者は基本的に他者と交流が生まれない美術館は「サードプレイス」とは言いがたく、むしろ一人になって自分自身とじっくり向き合える場所である「フォースプレイス」になると主張する。美術館は作品から適度に刺激を受けつつ、自分とじっくり向き合える空間という考え方には大いに共感できる。
コロナ禍を経て近年、美術館をとりまく状況に変化が出てきたことを本書は平易かつ鋭く分析する。著者が優しく表現するように「忙しない毎日にそっと余白を差し込む」ひとときを自分なりに見つけてみるのも悪くない。
