抜けているのは「地方をどう維持するのか」という視点である。人口流出や過疎化、地域産業の衰退といった課題に、主体性をもって政治に働きかける中心は、地方を選挙区とする議員の役割になる。単に衰退しているから代表を減らすという発想からは、将来へのビジョンを感じることができない。
議員の世襲化に対する批判も、削減論にはみられる。だが定数の削減は、かえって世襲化を促すことになる。
日本は政治における参入障壁が高く、国際的にみても異例に高い供託金制度や、落選時のリスクが大きいことから、議員やその家族、秘書出身者などの一定の政治経験や支援を期待できる候補者に偏りがちである。世襲化は新規参入が困難なために生じている面もあり、当選をより厳しくする定数削減は、むしろ議員の多様化や世代交代を抑えることにつながるだろう。
従来の議論から脱却し
議員を「強くする」改革を
議員歳費の問題も、削減論と密接にかかわる。全衆院議員の関係経費は年間約205億円(25年度)で、うち歳費が約102億、調査研究広報滞在費が約56億である。
議員一人あたりの金額(約1700万円)は国際比較上も高く、経費削減をメリットとして強調する議論も多い。
だが、日本は定額給付方式をとっており、他国では経費になる部分も給与とみなされるなど、比較には注意が必要である。しかも事務所費や人件費など、議員一人の年間平均支出は約2000万~3000万円にのぼっており、国庫支給額は必要経費を補えていない。
もし議員数をそのままに歳費を減らしても、政治活動は低調になり、一部の議員は選挙区の有権者よりも大口の献金者の代理人となるだろう。むしろ必要な経費に関しては支出を積極的に増やし、かわりに経費の使途開示を強化して、政治資金を透明化するくらいの発想も必要ではないか。年間200億円は年間予算(約120兆円)の0.0167%であり、仮に倍額になろうと影響は限定的である。
民主主義にはコストがかかる。だからこそ、議員を「削る」ことよりも「強くする」ことこそが、本来の政治改革として考えられてもよいはずだ。しかし、政治不信の根強い現在の日本では、その実現は難しい。最大の問題点はここにある。
議員定数削減の議論は平成期の「政治とカネ」問題から波及し、政治家の「身を切る」改革は国民へのさらなる負担増の布石として用いられてきた。
類型化された議論からそろそろ脱却し、政治の信頼を取り戻すための具体策を整える段階にあるのではないだろうか。
