国会議員には国民の声を国政に届けるとともに、国内外に大きな影響を及ぼす政策・法律を決定制定し、行政を監視して国会の討議で国民への説明責任を果たす、民主国家として不可欠な役割がある。国民が真に自分たちの代表と考えるなら、その数を減らすよりも増やそうとするはずである。
そうならない理由は、議員に対する国民の不信にある。最新の世論調査によれば、「国会議員」「官僚」「裁判官」「マスコミ」「銀行」「大企業」「医療機関」「警察」「自衛隊」「教師」の10職種に対する信頼感について、国会議員は他のすべての職種を全年齢層で下回る最下位である(2025年12月、中央調査社調べ)。
政治家は「身を切る」ことで国民の批判をかわし、政治への期待をつなごうとしてきたが、国民からの不信はおさまらず、政治が支持を得るために議員定数削減を打ち出す傾向は続いている。
政治不信の問題は、議員の数を減らせば解決するのか。議員が減れば、業務は多忙となり、人材も多様性も失われ、有権者からはますます遠い存在となる。定数削減は国民の不信の表れではあるが、何かを解決する策ではないことに注意が必要である。
一例をあげると、議員を減らすことで意思決定が迅速化するとの指摘がある。平成の政治改革では「決まらない政治」が課題とされ、いわゆる抵抗勢力による反対や妨害が政策の実行を遅らせることへの批判があった。
裏を返せば、迅速な決定の正当化は、少数意見を切り捨てる根拠としても用いることができる。企業などとは異なり、議会政治の本質は多様な意見を尊重し、調整を通じて合意形成を行うことにある。議会制民主政治である以上、意思決定にかかる時間的コストは必要であり、議員削減は当然ながら議会の機能を縮小させる可能性がある。特に比例代表議席の削減は少数政党に不利とされ、国民の要望より党利党略が優先されるリスクも考えられる。
さらに意思決定の迅速化に限っていえば、首相などの明確なリーダーシップや決定機関の整備など、定数とは別の要因も大きい。議員の削減は政局や政党間の利害調整に利用されてきた側面が否定できない。
国会議員は通常、政党や政府内での立法過程(法案や提出・審議)への参画や、国会での法案・予算審議を通した行政監視、国政運営などの幅広い業務をうけもつ(濱本真輔『日本の国会議員』中公新書)。
また、選挙区の有権者代表であるとともに、政策のエキスパートであり、多様な意見や立場を調整して合意形成を図る役割も担う。こう考えると、多忙をきわめる議員にしっかりと〝働いて〟もらう必要があるとすれば、その数を減らすことは適切な処方箋なのだろうか。
議論に抜け落ちている
「地方」のビジョン
では、どの程度の議員定数が妥当であるのか。先にふれたように、この問いに対する合理的な回答はないに等しい。
ただし歴史上の議院制度導入にあたっても、参照されたのは国際比較である。国際議員連盟(IPU)のデータによれば、現在の人口あたりの議員数を国際的に比較すると、日本は経済協力開発機構(OECD)38カ国中36番目に議員数が少ない。
しかも議員が閣僚・政務官として政府に入る議員内閣制の国家としては、最も少数である(東京新聞25年11月29日Web版)。少なくとも、現在の日本で議員数をさらに減らすことについては、目的の説明が求められる段階に入っていると考えられる。
議員定数削減の議論には、私たちの社会が抱える課題が浮き彫りとなっている。
例えば、日本社会の人口減少と削減論は強くリンクしている。歴史的にみれば、議員定数は人口動態の変化に応じて増減してきた。だが、議員が減れば選挙区は広域化し、有権者と政治の距離は離れる。地方の実情を代弁する代表も減る。それはさらなる地域の衰退と人口減少、そして政治への無関心を呼ぶことになり、問題の解決は遠のくだろう。

