震災を機に進んだ防災
それでもなお、残された課題
阪神・淡路大震災は、総務省消防庁によれば死者6434人、負傷者43792人、住宅の全壊が10万4906棟、半壊が14万4274棟という深刻な被害をもたらした。この大震災が日本社会に与えた影響について、京都大学防災研究所巨大災害研究センター教授の矢守克也さんは、「災害に向き合う基本的な構えが大きく変わる転換点になった」と分析する。
「かつて物理学者の寺田寅彦は『天災と国防』という著書の中で、文明が進み、人間が『自然の暴威を封じ込めた』つもりになっても、何かの拍子に『檻を破った猛獣の大群』のように自然が暴れ出す、と指摘しています。阪神・淡路大震災前の日本も、まさにそうだったのではないでしょうか。59年の伊勢湾台風から約35年、数千人規模の犠牲者を出す大災害を経験しなかった。その間に防災技術も進歩して自然災害をコントロールできるという感覚があったのかもしれない。それが阪神・淡路大震災によって崩れたのです」
制御できない自然災害にどう立ち向かうのか──。その教訓を踏まえ、耐震改修促進法の制定や緊急消防援助隊の創設、国の防災基本計画や自衛隊による災害派遣体制の見直し、災害医療体制の強化などが進められ、災害対応能力は着実に高まった。
しかし、阪神・淡路大震災から30年以上がたった今も、十分に改善されていない課題が残る。避難所運営や被災者支援だ。兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科教授の阪本真由美さんはこう指摘する。
「大規模災害が起きれば数千人が一斉に避難してきますが、それだけの人を受け入れる場所も、予算も、運営するノウハウも足りていないのが実情です。備えがないため、大きな災害が起きるたびに同じことを繰り返しています。被災者支援を実際に担うのは市町村ですが、職員の減少が進む中、1カ所の避難所に数千人が避難する状況を想定して備えることは現実的に難しい面もあります」
避難所のあり方に強い危機感を示すのが、ノンフィクションライターの西岡研介さんだ。阪神・淡路大震災では自らも被災しながら当時、神戸新聞の社会部記者として取材し、その後、東日本大震災の被災地にも入り、『ふたつの震災 [1・17]の神戸から[3・11]の東北へ』(松本創共著、講談社)を上梓した。
「阪神・淡路大震災の時は、これだけの被害が出ているのだから雑魚寝でも仕方ないかと思っていました。
しかし、東日本大震災の現場を取材すると、阪神・淡路大震災の時と全く同じ光景が広がっていて、本当に愕然としました。これが果たして、憲法がすべての国民に保障する『健康で文化的な最低限度の生活』と言えるのか。もうそろそろ、「超大規模災害」に備えて、国が本腰を入れて主導すべき時でしょう。日本同様、地震が多いイタリアでは避難所はテント型であり、プライバシーも確保されている。しかも、震災後、すぐに温かい食事が提供されたり、トイレを提供する体制を国家主導で整備しており、日本も参考にすべきです」
さらに西岡氏はこう指摘する。
「政治家や行政が『自助・共助・公助』を強調しすぎていないでしょうか。もちろん、国民に自助・共助の意識は必要です。しかし、『国民、市民を死なせない』という公助がしっかり機能しているという信頼があってこそ、国民も安心して自助・共助に取り組める。両者は相互補完の関係にあり、組み合わさることで防災対応力は向上していくはずです」
