時は2014年の晩夏となる。
奈月(黒木メイサ)は、光成大学理工学部の助教。幼なじみの結城健太郎(平岡祐太)は同じ大学の医学部の研修医である。
ふたりは15年前の小学校時代に誘拐事件に巻き込まれて、奈月はいまだに心の傷が癒えない。記憶が蘇ると、パニックから過呼吸症状に見舞われる。事件は健太郎の家で遊んでいた奈月が、飲んでいたジュースを服にこぼしたので、彼の衣服を着て、帰宅の途に就いたことから始まった。
誘拐犯たちは、奈月を健太郎と誤って、乗用車のトランクに閉じ込めてアジトに向かったのである。
そこで、目隠しがちょっとずれたスキに、奈月は唇に指を立てて沈黙を指示し、助け出してくれた青年を覚えている。大学の職員の友人に尋ねられて、「初恋の人は昔助けてくれたお兄さん」というのであった。
ふたつの時間の記憶
愁夜は奈月と同じ大学の建築学部の新任教授として、奈月の前に現われる。その出現以来、奈月はふたつの時間の記憶を体験している感覚に襲われる。担当の中鉢教授(きたろう)の講義で映像装置の操作を2度も指示されたり、幼なじみの健太郎と学内で違ったシチュエーションで2度出会ったりした記憶である。
奈月は突然のように現れた愁夜の言動に惑わされる。
「君は僕を好きになる。好きにさせてみせる」
着任したばかりで、部屋の整理をしていた愁夜から奈月は、ジャズのCDを貸されてそれを聴くように執拗に迫られる。
部屋のベッドに寝転びながら、聴いていた奈月はあの誘拐事件のアジトを思い出す。そして、助け出してくれた青年が愁夜であることを確信する。
目隠しがずれたときに見た愁夜の表情と、助け出されてその背におぶわれた感覚が蘇る。そして、アジトで愁夜から借りたCDのジャズの曲が流れていたことも。
彼の研究室に電話を架ける奈月。「図書館で待ち合わせよう」という愁夜。