道徳的感情のポイントを押さえ勝利したオバマ
フェイスブックの実験は、人の感情操作が実際に可能であり、またその気になれば秘密裡に実行可能であることを証明してしまった。これは、メディアと大衆動員研究の嚆矢であるウォルター・リップマンの『世論』から脈々と続く「感情操作」の現代的な現象である。古くはラジオを利用した政治的動員や、テレビCMによる人々の購買意欲の操作が存在したが、我々が日々目にするソーシャルメディアにおいても、こうした感情操作の手法が考えられているのだ。
さらに興味深い主張が社会心理学の分野からも提案されている。アメリカの社会心理学者ジョナサン・ハイト(1963〜)は、著書『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(高橋洋訳、紀伊國屋書店、2014年)の中で、人間の道徳的感情の源泉が6つであると述べている。
(1)危害/親切・・・苦痛を拒否したり、残虐行為に反応する。
(2)公正/欺瞞・・・不公平を批判し、平等性に反応する。
(3)自由/抑圧・・・人の支配に反応する
(4)忠誠/背信・・・共同体の裏切りに反応する。
(5)権威/転覆・・・権威や、それを拒否する者に反応する
(6)神聖/堕落・・・宗教的な神聖さに反応する
基本的に人はこうした原理に則って道徳的な感情を感じる。ただし特定の文化の影響等により、どの原理に強く反応するか等の差異はある。動物虐待に反対するときには(1)の原理に人は反応するが、それはとりわけリベラルな政治思想を持った人こそは(1)の原理を他の原理よりも優先する、といったものだ。
ハイトはアメリカ社会の共和党支持者と民主党支持者の差異について研究した結果、リベラル、つまり民主党支持者はこれらの道徳基盤のうち(1)(2)(3)には関心が高いが、残りの3つには関心をあまり示さないことを発見した。そして、民主党は選挙において(1)(2)(3)の点に限定した主張を展開するという。
しかし共和党は違う。共和党支持者は民主党支持者とは異なる道徳原理を持つが、選挙において共和党はこの6つの道徳的源泉すべてに主張を行うが故に、あらゆる人々の道徳的感情を刺激し、結果的に選挙で有利であるというのだ。
逆にこのことを理解し、2008年の大統領選挙では民主党のオバマが6つすべてについて主張を行ったことが、彼の勝利を導く要因のひとつであったとハイトは考える(例えば、従来のリベラルが考慮することの少なかった伝統的な家族形態を賞賛することで、浮動票を獲得することに成功する、といったことを想定していただきたい)。
要するに、道徳的な感情のツボを効率よく突くことが選挙の鍵になる。ということは、日本においても特定の政党支持層や特定の層(例えば若者)の感情のツボを把握さえできれば、少なくとも選挙に勝つための方法論を入手することができるということである。