ヒットメーカーの舞台裏

2015年2月5日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 開発がスタートしたのは、スマホの普及などによってデジタルカメラの苦戦が鮮明になっていた11年の夏。「カシオらしい面白さや楽しさで現状を打破しよう」(是木)と、アイデアを練った。コンパクトさを徹底追求したものや、今回の商品の原型となった分割式などの試作を経て、12年初めに分割の方針を決めた。

 設計上の課題は、屋外で一定時間使うための省電力や、起動の素早さだった。カメラと操作部の通信手段は、データ量の豊富なWi−Fiも検討したが、2つの設計課題からBluethoothとした。Wi−Fiはスマホなどにデータ転送する時に使うようにしている。

是木 卓( Taku Koreki)
(QV事業部 第一開発部 商品企画室) 1974年生まれ。98年立教大学理学部卒、カシオ計算機入社。学生時代に大ヒットしていた腕時計「G-SHOCK」が同社への関心を高めた。ただ、配属では子どものころから身近にあったカメラ部門を希望。一貫してカメラ開発に携わり、12年から商品企画担当。休日には山登りを楽しむ。

 ただ、ここから「苦労の連続」(是木)が始まった。カメラ部門にはBluethoothの経験がなく、他部門から情報を得て手探りの着手となった。カメラ側から液晶モニターに画像を素早く飛ばすといった「独自のプロトコル(通信手順)開発を地道に積み上げていった」のだった。最終仕様に至るまで1年半を要した。

 頭脳部であるCPUも試行錯誤だった。当初はカメラと操作部で1個ずつを計画したものの、カメラ側は画像処理専用のCPUを設けて2個とし、デジカメでは異例の計3個とした。コストの面からも厳しい決断だったが、是木は「カシオらしいカメラ」へのこだわりを貫いた。

 入社以来ずっと開発技術者だった是木は、このプロジェクトも技術者として参画、12年半ばから商品企画担当に転じ全体の指揮を執った。初物ずくめの開発を乗り切れたのは、是木の技術者としての豊富な引き出しがあったからだろう。(敬称略)

  

◆Wedge2015年1月号より

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