田部康喜のTV読本

2015年1月14日

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田部康喜 (たべ・こうき)

コラムニスト

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

どんなカタルシスをもたらすのか

 ドラマはどん底に落ちた男の復活劇なのだろうか。あるいは、カネによって成り立つ幸せの幻影からめざめる物語なのであろうか。

 富生は、梢の祖母である青島早和子(ジュディ・オング)から、婚約を解消して二度と会わないことを条件にして、1000万円を受け取る。しかし、それも闇金業者に強奪される。

 そんな富生を心配して、カネを届ける梢にこう告げる。

 「自分はひとに優しいと思っていた。それはカネがあったからだ。それがよくわかった。カネをもっている女とつきあってよかったよ。ありがとう」

 憤然として、背中をみせて帰ろうとする梢を呼びとめる。

 「カネを置いていけよ」

 カネの入った封筒を富生に投げつける梢。一万円札がバラバラになって飛び散る。

 「これでおやじの葬式が出せるよ」

 ドラマは観る人にカタルシスをもたらさなければならない。それは登場人物に見る人の心が重ね合わされ、感情移入が起きて、快感が起きるのである。

 「銭の戦争」の登場人物は多彩であるから、観る人はどれかに自らの人生を重ねることができると思う。

 父親の葬儀会場で、従業員や債権者たちに向かって、カネを稼いでみせる、と富生は宣言する。しかしながら、エンディングまでのドラマの進展は単純なものではないだろう。そして、観客のカタルシスもまた深くかつ複雑なものとなるのではないか。

  
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