中国市場が好調な理由はこれだけではない。中国の農業事情に詳しい元農林水産政策研究所の山下憲博氏によれば、「中国国内で農機が普及しているのは、農民から刈取り作業を請け負う“賃刈り屋”といわれる業者の存在が大きい。彼らが技術力・耐久性に優れた日本メーカーが現地生産しているコンバインを購入し、コメの収穫期には、中国国内を縦断し、賃刈りを行っているからだ」と解説する。
リスクがないわけではない。先述した補助金については、中国政府が毎年、補助金対象の農機リストを公表するが、農機メーカーにとっては、このリストに製品が採用されなければ現地での販売は苦しさを増す。加えて、補助金額が毎年大きく変動するため「需要変動が大きく、生産調整が難しい」(前出のヤンマー・河盛氏)ことが悩みの種だ。
だが、「中国の田植機の機械化率は1割程度でコンバインも4割程度にすぎない。稲作で培った日本のコンバインや田植機は欧米勢にはつくれない技術。だからこそ、昨今の状況は日本の農機メーカーにとってビッグチャンスだ」(週刊『農機新聞』発行人の岸田義典氏)。
と、ここまで語れば、日本の農機メーカーにはバラ色の未来が待っていると思われる読者があるかもしれない。だが、各社にとっての「マザーマーケット」である国内の販売状況は厳しさを増す一方で、海外に活路を求めなければ生き残れないとの苦しい台所事情が浮かび上がってくる。
国内マーケットはジリ貧
農機の国内向けの出荷台数は農業就業人口の減少に歯止めがかからないことが大きく影響し、70年代半ばをピークに一貫して減少し続けている。1960年から2009年にかけて農業就業人口は1454万人から290万人へと減少している。高齢化率も高まり、65歳以上の高齢者が61%となるなど、日本の農業の衰退を示すデータは事欠かない。
それは農機メーカーの経営にもじわじわと影響を与えている。クボタの連結部門売上高の農機・エンジン部門(国内)を見ると08年度は03年度比約2%減の2149億円、井関農機も08年度の国内での売上高が03年度比約10%減の1265億円と減少傾向が続いている。ある業界関係者はこう指摘する。「これまで大手の農機メーカーは、(小規模な)兼業農家や(家庭菜園などの)ホビー農家をメインターゲットとして商売をしてきたが、従来のビジネスモデルは限界にきている」─。
こうした状況に各社は、新たな農業の担い手として期待の集まる大規模(プロ)農家へのアプローチを模索し始めている。クボタは大規模農家を想定した135馬力のトラクターの販売を今年から開始、同時に大型高性能機の整備拠点を全国に78カ所設けるなど、「サービス能力の向上を図っている」(広報室)。一方のヤンマーも、07年から厚生労働大臣認定の大型整備士・販売士の資格制度を設けて人材育成に取り組むとともに、1県に1カ所、大型農機に対応できるアグリサポートセンターを整備し、「ソフト・ハード両面で対応を進めている」(広報グループ)という。
だが、大規模農家からはこんな声が漏れ伝わってくる。福井市で畑作農業を営む片岡仁彦氏は、日本の農機について「兼業農家想定の延長線上で農機をつくっているから、馬力や油圧など、物足りないし壊れやすい」と話す。また、岩手県で水稲・畑作農業を営む森川周祐氏は「(馬力や耐久性に優れる)外国製のトラクターは長身の外国人を想定しているため、身長の低い日本人には使いにくい面もあり、決してベストで買っているわけではない。また、外国製だと故障した際の部品交換に時間がかかり、その間、作業ができないから採算がとれなくなる可能性もある。だからこそ、日本のメーカーは農業を本気でやる人のことを真剣に考えた製品作りをしてほしい」。