卒業文集のタイトルは「視野を広げる」。他の生徒が「3年間の思い出」といった内容に終始する中、橋下の文章は明らかに異質。中学で学んだ人権教育にかなりのカルチャーショックを受けていたことが分かる。
《まだまだ同和教育に反感をたくさんいだいている。完全に納得できないのもたくさんある》
文集に綴られた一文からは、当時橋下がこのデリケートな問題に直面して、深く思い悩んでいたこともうかがえる。
ラグビーを始めたワケ
転校を繰り返し、母子家庭で育った橋下が、中学でラグビーを始めたのも、当時の荒れた学校や複雑な人間関係が深く関わっている。「一番ワルそうな部に入った方が安全だと思ったから」。かつて、入部の動機についてこう語ったが、ここに橋下の処世術のすべてが集約されているといっても過言ではない。
国民的人気アニメ「ドラえもん」で喩えるなら、ガキ大将のジャイアンにいつも媚びへつらうスネ夫のような生き方だろうか。橋下は自著『どうして君は友だちがいないのか』の中で「要するにスネ夫のような生き方といえばいいでしょうか」「ジャイアンのような強い人、強い存在とうまくつきあって生きていくことは、悪いことでもずるいことでもありません。その選択を非難できる大人なんて絶対にいないはずです」と記している。
このスネ夫的生き方を是とする橋下の考えは、昔も今も変わっていない。中学時代は、ラグビー仲間たちを心の中のジャイアンに見立てて自分の居場所を見つけたが、政治家となった現在の橋下にもジャイアンは存在する。それは「大衆」であり、選挙で一票を投じる「有権者」ではないだろうか。