対談

2015年9月25日

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木下 勉強が嫌いで成績の悪い子に勉強を教えるのであれば、いきなり全教科の平均点を上げようとするのではなく、まず得意科目を作ることが大事ですよね。ひとつでもうまくいった経験があると、自分でもできるんだと思うようになる。それはまちづくりでも一緒で、小さくても成功体験が作れれば、反対していた人も協力者になってきます。そこまでは短期決戦でまずは小さくても成果を収めていかないと、前に進めないんですよね。貴重な人材が、沢山の中途半端な予算の事業で疲弊しないよう、しっかり集中できるやり方にするのが大切だと思います。

かつての「成功」の呪縛

久松 「全方位的にカバーします」「万事うまく行きます」と言うコンサルとはまるで逆のアプローチですよね。そういうコンサルの言いがちな「プロセスが大事」はただの絵空事だけど、絵空事のほうが通りがいい時代が長く続いちゃったんでしょうね。

木下 社会がマクロで伸びているときって、事業の良し悪しに関係なく伸びてしまうことが多いから、何を言ってもやってもよかったのでしょう。今も、その経験を引きずってしまっているのだと思います。さらに、衰退局面での焦りも重なって、闇雲にあれもこれもと多数の事業に取り組んでしまう。
人口が増加し、全体の所得が上がり、あらゆる国内市場が拡大していく高度成長期は、どんぶり勘定でも、なんだかんだと帳尻があってしまいましたけど、今はそういう時代ではない。結果を出すことが求められるということは、誰かに責任が及んでしまう。数字ではなくプロセスを結果として提示する人が多いのは、責任から逃げているんだと思いますね。

久松 責任回避のためにプロセスを重視してみせる、と。

木下 「頑張っているのに業績が上がらないのは誰かの責任ではなく、社会全体の問題だ。その不幸はみんなで背負わないといけない」そんなお話は誰も傷つけないし、誰も責任というババを引かなくて済むので、結論がそこに落ち着きがちです。皆で考え、合意し、皆で実行したのだから誰かの責任ではないよね、というマインドです。

 まちづくりの分野で、自分たちで投資した会社で事業に取り組んで黒字にし、かつその事業が地域全体にとっても域外からの収入を増やしたり、無駄な支出を制限することにつながっている、そのような2つの評価軸で結果を出すのはとても難しいことです。使われなかった不動産がいくつ再生されて、出店したテナントの総売上高がどれくらいで、不動産オーナーの投資回収まで何年かかったのか、全部数字で出てしまいますから。でも僕らは、商業地区再生ではそれが必要だと思ってやっています。うまくいっているか失敗しているかは、一目瞭然なんです。

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