人生の最優先は仕事
42歳の多恵さんは、就職氷河期世代の女性だ。
とはいえ、そういう“状況”に関係なく、将来について考えるときはいつも、「仕事で名前を残したい」と考えて来たという。
「自分の優先順位の中で、仕事は常に大切なファクターでした。昔から、“自分で自分を養っていける”“仕事を持つ女性”になるというイメージを持っていましたね」
大学は、有名な私立大学。糸井重里さんに憧れて、コピーライターになりたいと思った。しかし希望する就職は叶わず、卒業後は、表参道にある大手企業で雑貨を扱う部門に配属された。
画像:amana images
環境に恵まれた20代
「恵まれていたんでしょうね。文化的な業務に最初から携わることができましたし、買い付けも自由にさせてもらえましたから。だけど自分の中では、どうしても、やりたいことができてないという気持ちがあって、2年ほどで辞めました」
その後は小さな広告会社に転職。
憧れのコピーライターになれた。
しかし、内容はと言うと、
「モノの値段を書くだけの仕事でした。私は言葉を扱いたいからコピーライターになりたいと思ったのに、やっているのは数字をいかに目立たせるかということだけ。ここも、やっぱり“違う”と思って、新聞社の広告部門で働ける会社にすぐに転職を決めました」