定年バックパッカー海外放浪記

2015年12月6日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

実践ハングル会話講座

 地元女子も沢山来ているので韓国語会話実習を試みる。最初は釜山大学三年生21歳の二人組である。「ハクセンニセヨ?」(学生さんですか?)、「ネー。テハクセンイムニダ」(ハイ。大学生です)「チョヌン・トウキョウエソ・ワッソヨ」(私は東京から来ました)「イルボンプ二セヨ」(日本の方ですか?)「ネー。イルボンサラミエヨ」(ハイ。日本人です)のような基本会話が楽しく続く。

ロックカフェの店内、週末とあり各国若者で賑わっている

 外国の妙齢の女性とおしゃべりするとなぜか大脳の外国語会話中枢が活性化するようだ。忘れていたNHKラジオ講座の“毎日ハングル”の例文がスラスラと出てくる。どうも韓国の一般の大学生の英会話水準は日本の大学生と同じレベルでかろうじて会話が成り立つ程度であるのでこちらが少しでもハングルをしゃべると盛り上がるようだ。

 二人組が帰ったあとも、数人と話したが、若い韓国女子は日本のファッションやポップカルチャーに憧れているようでとくにかく熱烈な親日である。小生が「日本人です」と言った瞬間に彼女らは知っている限りの日本語を並べて親愛の情を表す。高校で週に一回くらい日本語の授業があり「アイウエオ」「コンニチワ」程度の基本単語だけは覚えているようだ。さらに「ハラジュク」「シブヤ」「カワイイ」などの雑誌やTVで覚えた単語が続く。このあと韓国各地を周ったが韓国女子は90%が少なくともこうした“ミーハー的親日家”と言って間違いないと思われる。

 小生がハングル会話実習にいそしんでユイチャンをほったらかしにしていたら、ソファにユイチャンと座っていたイタリア系英国人のルークが流石にイタリア男の本領を発揮してユイチャンに猛烈なアプローチをしている。英国人カップルとオランダ女子は踊り狂っており、ルークは遠慮なくユイチャンの手を握ろうとしたり肩を抱き寄せたりとあの手この手で迫っている。ところがどっこいユイチャンはなかなか“したたか”であり、うまい具合にはぐらかしてしっかりと防戦している。このあたりは我が日本女子もしっかりと学ばねばならない。

オランダ女子と東洋系ハーフ英国女子、二人とも酒が強い

 私が席に戻ると英国人カップルが「もう一軒行こう」と叫んで10分ほど迷路を歩いてまたまた騒がしいロックカフェへ。今度はダーツのようなゲームに熱中して負けると罰としてビールをグラスで一気飲み。最初は個人戦であったが、そのうちに紅白対抗となり意外にも女子チームが奮戦。続けざまに一気飲みしていたら朦朧としてきた。全員したたかに酩酊。

ロックカフェで地元釜山の大学3年生とハングル会話実習

 ふと気が付くと時計が12時近い。店員に聞くと15分後に地下鉄の終電とのこと。欧州勢四人はまったく時間を気にせずゲームを続行。ユイチャンと二人で駅に急ぐが人波にもまれて思うように進めない。結局終電を逃す。ふらふらしているユイチャンをタクシーに押し込んでから私も乗り込む。

 ユイチャンはご機嫌で中国語で支離滅裂に騒いでいたが、急におとなしくなったと思ったら寝付いている。そのうちに小生の肩に寄りかかってきた。寝顔があどけない。私に対して全く警戒心がないというのが嬉しいような少し寂しいような。タクシーが釜山港のブリッジにさしかかった。リアウィンドーから振り返ると釜山の街の灯が浪漫的に煌めいていた。

酔っぱらいのオジサンとユイチャン

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